日本の風景に散りばめられた古墳は、遥かな時代からのメッセージを秘めた歴史の証人です。見た目の美しさだけでなく、その背後にある謎や物語が、私たちを古代の世界へと誘います。しかし、その全貌を解き明かすのは容易なことではありません。そこで今回は、古墳の知識を深め、その魅力を再発見できる書籍を5つ紹介します。
初めて古墳について学ぶ方には『知識ゼロからの古墳入門』が最適で、漫画やイラストを通じてわかりやすく基礎知識を学べます。一方、具体的な古墳を詳しく知りたい方には『改訂版 描かれた黄泉の世界 王塚古墳』や『灰塚山古墳の研究』がおすすめ。そして、装飾古墳に興味がある方には『装飾古墳の謎』が、古墳の意味や認識を科学的に解析したい方には『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代』が適しています。
それぞれの書籍が提供する新たな視点と洞察を通じて、古墳の深層を探求しましょう。その中で、古代の人々の生活や文化、思想が見えてくるはずです。それでは、神秘的で深遠な古墳の世界への旅を始めてみましょう。
『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代 (角川ソフィア文庫)』
『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代 (Kofun: Cognitive Archaeology and Ancient Japan)』は、松木 武彦氏によって書かれた、古墳(Kofun, Japanese burial mounds)に関する深遠な探究の本です。松木氏は日本の考古学の専門家で、サントリー学芸賞を受賞した他、多数の本を執筆しています。
この『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代』では、なぜ日本列島に前方後円墳(keyhole-shaped tumulus)のような巨大な古墳が生まれ、どのようにして竪穴式石室(vertical chamber tombs)から横穴式石室(horizontal chamber tombs)への転換が起きたのか、という問いに答えます。それらの問いは、認知考古学(Cognitive archaeology)の観点から解明されます。
この『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代』は、古墳に対する「見上げる」行為、石室(stone chambers)の位置や様式、埴輪(haniwa, terracotta clay figures)、鏡や刀などの副葬品(grave goods)から、古代の人々が何を感じていたのかを考察します。それらは、古代人の精神世界を理解するための重要な手がかりであり、神格化(divinization)の装置から単なる墓へという変化を通して、3世紀から7世紀の間に日本列島全体で16万基もの古墳がどのようにして築かれたのかを理解する手助けとなります。
この『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代』は、認知考古学の新たな視点から、古墳とは何であったのかという問いを深掘りし、それらを読者に提示します。また、その過程で日本の古代文化と信仰の理解を深めることを目指しています。
『改訂版 描かれた黄泉の世界 王塚古墳 (シリーズ「遺跡を学ぶ」010) 』
『改訂版 描かれた黄泉の世界 王塚古墳』(Depicted Underworld: Otsuka Kofun – Revised Edition)は、柳沢一男氏によって著された、王塚古墳に対する詳細な研究を紹介する本です。柳沢氏は宮崎大学名誉教授で、装飾古墳(decorated kofun)についての深い理解と広範な知識を持つ著名な学者です。
全国で約600基発見されている装飾古墳の中で、王塚古墳はその図文の複雑さと華麗さにおいて特別な存在です。九州北部・筑豊地方に位置するこの古墳は、石室を埋め尽くす壁画によって、古代の人々の思想や信仰を読み解く手がかりを提供します。
『改訂版 描かれた黄泉の世界 王塚古墳』では、王塚古墳の発見の経緯から、その構造、装飾、そして壁画の解釈まで、詳細に探求します。筑豊最大級の前方後円墳(keyhole-shaped kofun)である王塚古墳の特性、装飾に富んだ副葬品(grave goods)、そして墳墓装飾の系譜(genealogy of tomb decoration)といったテーマが取り上げられます。
さらに、壁画制作の背景と、壁画が描かれた「他界」(afterworld)の理解についても深く考察します。新たな解釈が盛り込まれた改訂版では、広く朝鮮・中国における壁画古墳研究から新たな視点を得ています。
また、壁画の制作者や筑紫君磐井(Iwai of Tsukushi)と東アジア情勢との関連性、壁画保存への苦難の歩みについても詳しく述べられています。これらは古代の社会、文化、信仰を理解するための貴重な情報源となります。
柳沢氏の『改訂版 描かれた黄泉の世界 王塚古墳』は、王塚古墳の深遠な理解を可能にし、その壮麗な壁画がどのようにして創られ、何を意味するのかを読者に理解させる優れた作品です。
『灰塚山古墳の研究』
『灰塚山古墳の研究』(The Study of Haitzuka-Yama Kofun)という書籍は、辻秀人氏編集により、会津盆地の古墳時代中期前方後円墳の全体像について詳しく解説しています。この書籍は福島県喜多方市に位置する灰塚山古墳の発掘調査報告書であり、2023年に雄山閣から出版されました。
灰塚山古墳の発掘調査は、東北地方における中期古墳の実態を明らかにしました。二つの埋葬施設からは多様な副葬品と、埋葬に関わる儀式で使用された遺物群が出土しました。中でも、ほぼ一体分の人骨が箱式石棺(Box-shaped stone coffin)から出土し、その人骨に基づく各種分析と良好なDNAゲノムから、中期首長層の男性人物像が解明されました。
『灰塚山古墳の研究』は第一編から第四編まで構成され、各編では灰塚山古墳の発掘調査報告から具体的な遺物解析、出土人骨の人類学的研究、そして出土遺物の保存処理や分析結果について詳細に述べられています。灰塚山古墳の位置、環境、測量結果、発掘調査成果、副葬品や出土遺物の意味解釈、さらには人骨から読み取れる人物像や食生態、古墳の棺外配置についてなど、多角的に灰塚山古墳を解析しています。
また、各専門家が出土した竪櫛(Standing comb)、神獣鏡(Divine beast mirror)、箱式石棺の特性、ガラス小玉(Glass beads)、人骨の復顔、さらには放射性炭素年代測定やX線回折分析などの科学的分析についても詳細に議論しています。
『灰塚山古墳の研究』は、その詳細な調査結果と幅広い分析手法を通じて、古墳時代の中期首長層の生活や文化を明らかにする一方、東北地方の古墳研究の進展にも寄与しています。古代日本の生活や文化、社会について理解を深めたい方にとって、この『灰塚山古墳の研究』は必読の一冊と言えるでしょう。
『装飾古墳の謎 (文春新書 1390) 』
河野一隆著の『装飾古墳の謎 (文春新書 1390)』は、石室内部が赤、緑、黄、黒などの文様で装飾された古墳、すなわち装飾古墳について、多くのカラー図版を用いて世界的視座から謎を解き明かす一冊です。2023年1月19日に文藝春秋社から出版されました。
4世紀半ばから7世紀にかけて現れたこれらの装飾古墳は、「古代のアート」とも言える存在で、多くの謎を秘めています。装飾古墳は、九州と関東周辺に集中して分布し、近畿には少ないという特徴があります。これについて、なぜこのような分布パターンになるのか、その原因について河野氏は深く探ります。
さらに、装飾古墳が九州に多い理由についても考察されています。これは地理的な要素、つまり九州が中国に近いという点が関連しているのか、その可能性も探ります。
また、筑紫磐井の乱の敗北が装飾古墳を生んだという通説についても検証されています。古墳は埋葬施設であり、その装飾が人々に見せるためのものである理由、そして装飾古墳の存在が海外にもあるのかどうかなど、多岐にわたる視点から装飾古墳の謎を解き明かします。
『装飾古墳の謎 (文春新書 1390)』は、古代日本の文化や社会構造、芸術観について深く理解するための一冊と言えます。装飾古墳について興味を持つ読者はもちろん、一般の歴史愛好家にもおすすめの書籍です。
『知識ゼロからの古墳入門』
広瀬和雄監修の『知識ゼロからの古墳入門』は、古墳(tumulus or burial mound)についての入門書の決定版と言えます。幻冬舎から2015年1月21日に出版され、古墳について初めて学ぶ方から古墳好きの方まで、幅広く楽しめる一冊です。
『知識ゼロからの古墳入門』は、古墳にまつわる素朴な疑問、「巨大な前方後円墳(keyhole-shaped tumuli)は何のために造られたのか?」から始まり、古墳の種類や全国各地の古墳から読み取る古代日本の秘密について、まるで歴史の証人と対話しているかのような興奮を味わうことができます。
『知識ゼロからの古墳入門』の特徴的な点は、楽しい漫画やイラストを駆使して古墳について解説していること。にわか古墳女子や考古学マニアの大学生、古代からよみがえった埴輪(haniwa clay figures)などのキャラクターとともに古墳の世界を楽しく学ぶことができます。さらに、考古学の権威である広瀬氏の研究成果をもとにしているので、信頼性も高いです。
目次を見てもその内容の豊富さがうかがえます。レンタサイクルで巡る5大古墳群から始まり、前方後円墳の謎、古墳の中身、古代日本の秘密、そして古墳巡りの旅という章立てで進行しています。これらの章を通じて、読者は歩くことで日本古代の歴史を体感し、新発見の研究結果をわかりやすく解説された文章を通じて学びます。
著者の広瀬和雄氏は1947年京都市生まれで、同志社大学商学部卒業後、現在は国立歴史民俗博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授として活躍しています。その他の主な著書には『前方後円墳の世界』、『古墳時代像を再考する』、『考古学の基礎知識』などがあります。
『知識ゼロからの古墳入門』は、知識ゼロから古墳について学びたい方、既に興味を持っている方、そして古墳巡りを楽しみたい方に最適な一冊です。
まとめ
古墳について学ぶという旅路は、我々が自身のルーツを探求する旅とも言えるでしょう。この記事で紹介した5つの書籍は、その旅を補助する素晴らしいガイドブックとなり得ます。それぞれが異なる視点やアプローチを持ち合わせており、古墳の謎と魅力を引き立てています。
『古墳とはなにか 認知考古学からみる古代』は、認知科学の手法を取り入れた認知考古学から古墳を考察し、古代の人々の思考や認識を解明します。古墳がなぜ作られ、どのような思考がその形状や装飾に反映されているのかといった、認知的な視点からの探求が行われます。
一方で『改訂版 描かれた黄泉の世界 王塚古墳』では、特定の古墳、ここでは福岡県の王塚古墳にスポットを当て、その壁画から古代人の死生観や宗教観を読み解きます。具体的な遺跡を通じて、古代の世界をより深く理解しようとする試みが特徴です。
『灰塚山古墳の研究』は、実際の発掘調査に基づいた研究を紹介しており、古墳の形成過程や周辺環境、出土品から見えてくる当時の生活や文化について学びます。実地の考古学的研究を通じて古墳の理解を深めることができます。
『装飾古墳の謎』では、多彩に装飾された古墳が持つ謎に迫ります。特に装飾古墳が集中している九州と関東周辺、そして近畿地方との比較や、中国との関連性、さらには海外の装飾された埋葬施設との比較を通じて、装飾古墳の起源や目的について検討します。
最後に、『知識ゼロからの古墳入門』は、初心者にも親しみやすい形で古墳について紹介します。漫画やイラストを駆使しながら、古墳の基本的な知識から具体的な古墳の紹介、さらには古墳巡りの旅までをカバーしています。
これらの書籍を通じて、古墳はただ古代の墳墓ではなく、古代人の思考や生活、宗教観、芸術、技術など、多面的な側面をもつ文化遺産であることが明らかになります。古墳を通じて日本の歴史や文化を学び、理解することで、我々自身のアイデンティティを再確認する機会ともなり得るでしょう。これらの書籍を手に取り、古墳の魅力と謎に満ちた世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。