甲斐国(現在の山梨県)は、歴史的に金山が盛んであり、戦国時代には武田氏をはじめとする大名権力によって金山が経営されていました。甲斐国で生産された金は、甲州金として領国通貨として流通し、さまざまな場所で出土されています。また、甲斐国内では金貨だけでなく、土器に納められたさし銭などの埋蔵銭貨も出土しており、これらは一時的に埋蔵されたものや、地鎮祭などの儀礼的な意味で埋納されたものと考えられています。
近年、山梨県内で発見された埋蔵金貨の中でも、特に注目されているのが、上岩崎出土大量一括埋蔵銭です。これは1971年(昭和46年)に山梨県勝沼町で発見され、戦国時代の甲州金が大量に埋蔵されていたことがわかりました。この発見により、甲斐国の歴史や金山の経営、さらには埋蔵金貨の使用目的や製造技術など、多くの研究課題が浮かび上がってきました。
本記事では、甲斐国の埋蔵金貨とその歴史を概説し、特に上岩崎出土大量一括埋蔵銭の発見経緯や追加調査経緯について詳しく解説します。また、調査に使用された機器や調査方法についても紹介し、金貨の製造技法や品位測定などの分析結果を報告します。これらの情報を通じて、甲斐国の埋蔵金貨に関する理解を深めることができることを目指しています。
発見の経緯
昭和46年(1971年)の福寺遺跡での埋蔵金貨及び渡来銭貨の発見は、葡萄園経営者が葡萄の深耕法栽培のために土中にタコツボを掘り、有機質を入れる作業中に偶然発見されました。4月1日に深さ1メートルから古銭約6,000枚が出土し、さらに5月5日に直径2㎝の金塊18個と、長さ5㎝、幅2.3㎝の小判型の金2枚が発見されました。
その後の調査経緯として、平成13〜15年度(2001〜2003年)に山梨県埋蔵文化財センターが「埋蔵銭貨出土遺跡詳細分布調査」を実施し、福寺遺跡から出土した古銭の一部が詳細に調査されました。さらに、平成24年(2012年)11月15日から12月15日まで、山梨県立博物館が埋蔵金貨及び渡来銭貨の発見場所の再検証を目的とした発掘調査を実施しました。
これら一連の発見や調査を経て、福寺遺跡で発見された埋蔵金貨及び渡来銭貨は、戦国時代の金生産や技術、日本の貨幣史において非常に重要な意義を持つことが明らかになりました。
埋蔵金貨及び渡来銭貨
金貨:
- 蛭藻金: 2点
- 碁石金: 18点
渡来銭貨:
- 中国銭貨: 49種類(唐時代から明時代まで)
- ヴェトナム地域の前藜時代の銭貨: 天福鎮寶
- 朝鮮李朝の銭貨: 朝鮮通寶
- 判読不明銭貨など
出土時には、約100枚の銭貨が木箱に納められた緡銭として束ねられていたとされますが、現状では縄や箱が失われ、銭貨がばらばらの状態になっています。これらの銭貨は、西暦621年の開元通寶から1433年の宣徳通寶までの範囲で、7世紀から15世紀前葉のものに限定されており、それ以降の銭貨は含まれていません。このことから、埋納された時期は、江戸時代以前の15世紀中葉から16世紀代であると推定されます。
金貨と渡来銭貨は、出土地点や土層から見て極めて近い時期に埋設されたと考えられます。これは、金貨の埋設時期を特定する上で非常に重要な情報となります。
分析の方法
昭和46年(1971年)に山梨県甲州市勝沼町上岩崎で出土した埋蔵金についての自然科学分析では、以下の主要な手法が使用されています。
- 寸法計測: 資料の形状や寸法を詳細に計測して、その特徴を把握する。
- 密度法による金品位測定: 資料の質量を測定し、密度法によって金の品位を求める。これにより、埋蔵金の品位が高いか低いかを判断する。
- 蛍光エックス線分析: 金部分の成分分析を行うために、蛍光エックス線分析を用いて定量分析を行う。この結果をもとに、金品位を確認する。
- 蛍光エックス線分析装置(XRF):SEA5230HTW(エスアイアイ・ナノテクノロジー製) 蛍光エックス線分析装置(XRF)は、試料にエックス線を照射することで、その試料から発生する蛍光エックス線のエネルギーを測定し、試料中の元素組成を定量的に分析する機器です。SEA5230HTWは、高い分解能と検出感度を持ち、微量元素の分析にも適しています。この機器は非破壊的で、試料の表面に触れずに分析が可能です。
- 不純物の成分分析: 資料に付着する不純物の成分分析を行い、金の入手方法や産地情報などの解明の手がかりを探る。これには、蛍光エックス線分析による定性分析が用いられる。
- 不純物の分布状態の調査: SEM-EDX(走査電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析)によるマッピング分析を行い、各資料の不純物付着部分における元素分布状態を調査する。
- エックス線マイクロアナライザー(EDX):EDAX Genesis2000(アメテック製) エックス線マイクロアナライザー(EDX)は、走査型電子顕微鏡(SEM)と組み合わせて使用される機器で、試料の元素組成分析や元素分布マッピングが可能です。EDAX Genesis2000は、高感度で広範囲の元素分析ができ、短時間で効率的なデータ収集が可能です。また、マイクロサイズレベルでの元素分布マッピングが行え、試料の詳細な情報を解析することができます。
- 製作技法の解明: 資料の表面処理や製作技法を調査し、その特徴を明らかにする。
- 走査型電子顕微鏡(SEM):Quanta600(日本FEI製) 走査型電子顕微鏡(SEM)は、電子ビームを試料に照射し、その試料からの電子の反射や二次電子を検出して、試料の表面構造や形状を高倍率で観察することができる機器です。Quanta600は、高真空・低真空・環境モードの3つのモードを持ち、多様な試料の観察に対応しています。また、高解像度での観察が可能で、詳細な表面情報の把握に役立ちます。
これらの自然科学分析により、埋蔵金の形状、品位、成分、不純物の成分および分布状態、製作技法などが詳細に調査され、埋蔵金の製造過程や産地情報が解明されることが期待されます。
分析結果
製作技法: 金貨は蛭藻金と碁石金の2種類があります。蛭藻金は薄い金板を打ち出して造られ、碁石金は金塊を削って作られます。これらの金貨は、表面には鋳型によって模様が施されており、文字や紋様が見られます。
自然科学分析の成果: 分析には、蛍光エックス線分析装置(XRF)、走査型電子顕微鏡(SEM)、エックス線マイクロアナライザー(EDX)が使用されました。
- XRF分析: 金貨の金属組成を調べるために使用され、碁石金と蛭藻金の金含有量がほぼ同じであることが分かりました。また、金貨には微量の銅や銀が含まれていることが判明しました。
- SEM分析: 金貨の表面構造や結晶構造を観察するために使用されました。金貨の表面には、打ち出しや削り加工の跡が確認され、製作技法の特徴が明らかになりました。
- EDX分析: 金貨に含まれる元素の詳細な分布を調べるために使用されました。これにより、金貨に含まれる微量の銅や銀の分布が明らかになりました。
これらの分析結果から、埋蔵金貨の製作技法や金属組成が詳細に解明されました。また、出土された金貨と渡来銭貨は、極めて近い時期に埋設されたと考えられることが分かりました。これは、金貨の埋設時期を特定する上で非常に重要な情報となります。江戸時代以前の15世紀中葉から16世紀代であると推定される埋納時期を特定することができました。
蛭藻金2点について、色付と呼ばれる技法が確認されました。色付は、江戸時代の小判や大判の製造技術の一つで、金-銀合金である金貨において表面付近の銀を薬剤により除去することで、表面付近の金濃度を上げ、金貨の色味を高める表面処理技術です。
自然科学分析の成果により、蛭藻金2点に色付技法が使用されていることが確認されました。これにより、埋蔵金貨の製造方法がより正確に解明されることができました。
山梨県甲州市勝沼町上岩崎で出土した埋蔵金の意義
山梨県甲州市勝沼町上岩崎で出土した埋蔵金は、日本の歴史や文化において重要な意義を持っています。以下に、その歴史的意義を解説いたします。
- 貨幣史や交易史の研究: 出土された金貨や渡来銭貨は、日本とアジア諸国との交易を示す貴重な証拠となります。これらの貨幣は、経済活動や貿易の様子、さらには当時の通貨制度や交流の範囲を知る上で重要な資料です。
- 技術史の研究: 出土した蛭藻金には色付という技法が確認されました。これは、当時の製造技術や金細工の技術水準を知る上で貴重な情報です。また、分析技術を用いて金貨の組成や製造過程が明らかになることで、日本古代の金属加工技術や文化の発展に関する知見が得られます。
- 地域史の研究: 埋蔵金が出土した山梨県甲州市勝沼町上岩崎地域は、古代から中世にかけて交通や交易の要所であったとされます。この地域での埋蔵金出土は、地域史の研究や地域の歴史的価値を再評価する上で重要な事例となります。
- 埋蔵文化の研究: 埋蔵金が江戸時代以前の15世紀中葉から16世紀代に埋納されたと推定されています。これは、戦乱や政治的な不安定さなどが原因で貴重品を地中に隠す埋蔵文化があったことを示唆しており、日本史の一面を知る上で興味深い事例です。
以上のように、山梨県甲州市勝沼町上岩崎で出土した埋蔵金は、歴史的・文化的に非常に重要な意義を持っています。
おわりに
山梨県甲州市勝沼町上岩崎で発見された埋蔵金は、日本の歴史において重要な意義を持つ財宝です。昭和46年に発見されたこの財宝は、数々の金貨や渡来銭貨から成り立っており、その中には貴重な蛭藻金や碁石金なども含まれています。
自然科学分析の結果から、これらの金貨は、古代から中世にかけてのさまざまな時代と地域のものであり、それぞれ独自の製造技法が用いられていました。また、江戸時代の色付技法が確認された蛭藻金などは、その時代の高度な技術を物語っています。
さらに、発見された渡来銭貨は、唐、宋、元、明など様々な時代の中国やヴェトナム、朝鮮半島の貨幣が含まれており、その時代の交易や文化交流の様子が垣間見えます。これらの貨幣は、7世紀から15世紀前葉にかけてのものであり、埋蔵された時期は、15世紀中葉から16世紀代と推定されています。
この埋蔵金の発見は、日本の歴史や文化、交易に関する貴重な情報を提供してくれるだけでなく、過去と現代が交差する魅力に溢れた財宝でもあります。これからも、この埋蔵金を研究し続けることで、新たな歴史的発見が期待されています。山梨県甲州市勝沼町上岩崎の埋蔵金は、まさに日本の歴史の謎に迫る鍵となる財宝です。
引用参考文献 湯之奥金山遺跡学術調査団 1991 『湯之奥金山遺跡第二次調査概報』湯之奥金山遺跡学術調査会 山梨県立博物館 2014 『山梨県立博物館調査研究報告8:福寺遺跡』山梨県立博物館