考古学における記録方法は大きな変革期を迎えています。従来の手描き実測図や写真によるいわゆる従来的で伝統的な二次元的な記録から、三次元計測技術を活用した立体的で精密な記録へと急速に移行しつつあります。この進化は単なる記録方法の変化にとどまらず、研究手法や成果公開、文化財活用の可能性を大きく広げています。本記事では、考古学の世界で主流になりつつある三次元計測技術の概要と、この分野を学ぶためのおすすめ書籍をご紹介します。
考古学と三次元計測技術の出会い
考古学で扱う遺跡や遺物は本来三次元の立体物です。しかし、長らく考古学では二次元の実測図や写真による記録が主流でした。近年のデジタル技術の発展と機器の低価格化により、三次元計測が実用的な選択肢となり、考古学研究に革命をもたらしています。中尾央 2024『カタチの由来、データの未来 : 三次元計測の人類史学』勁草書房
特に注目すべきは、これらの技術が単なる「記録のデジタル化」を超え、新たな研究方法論を生み出している点です。三次元データは従来見落とされていた微細な形状差異の検出や、客観的な比較分析を可能にし、考古学研究の精度と再現性を飛躍的に向上させています。小林和樹・石井友菜・根本佑 2017「2016年度シンポジウム 『3D考古学の挑戦─考古遺物・遺構の三次元計測における 研究の現状と課題─』開催報告」『WASEDA RILAS JOURNAL NO. 5』早稲田大学 総合人文科学研究センター
三次元計測の基本技術
考古学における三次元計測には主に以下の方法が用いられています:
1. 非接触3Dスキャナーによる計測
専用の3Dスキャナーを使用して対象物を計測する方法です。高精度な計測が可能ですが、機器のコストがかかる場合があります。
2. SfM/MVS(Structure from Motion / Multi-View Stereo)
デジタルカメラで多方向から撮影した写真から三次元モデルを生成する技術です。比較的低コストで導入できることから、急速に普及しています。
3. レーザースキャナー
遺跡や大型遺構の計測に適しており、広範囲を高精度で記録できます。
考古学における三次元計測のメリット

考古学研究において三次元計測技術の導入は、従来の手法と比較して多様かつ革新的な利点をもたらしています。具体的には以下のようなメリットが挙げられます。
1. 作業効率と精度の向上
従来の手実測では、測定点数が限られるうえ、個人の技量によって精度にばらつきが生じる可能性がありました。三次元計測技術では、数万点から数十万点にも及ぶ測点データを自動かつ短時間で取得可能なため、極めて詳細かつ正確なデータが得られます。奈良文化財研究所の報告によれば、特に杯や壺など比較的単純な形状の遺物の場合、作業時間が従来の手法と比べ約半分に短縮されるとされています。さらに複雑な形状を持つ遺物や遺構に対しても、迅速かつ高精度で記録することが可能となります。
2. データの共有と保存
三次元計測によって得られるデジタルデータは、場所や時間を超えて容易に共有可能です。遺物や遺跡が世界各地に散在する場合や、脆弱で運搬が困難な資料についても、研究者間で迅速な情報交換や共同研究を可能にします。デジタル接合による遺物の復元研究や、異なる研究機関間での共同分析が活発化することで、考古学におけるオープンサイエンスの促進につながっています。また、デジタルデータとして長期間保存することで、将来的な再分析や新しい研究手法への応用が可能になります。
3. 新たな分析手法の創出
三次元計測データは幾何学的形態測定学(幾何形態計測学)など、従来の手法では実施が難しかった高度で精密な定量分析を可能にします。例えば、古代の青銅器や陶磁器などに見られる微細な装飾や技術的特徴の差異を精密に数値化し、製作技術や工房の特定などに活用することが可能です。特に三角縁神獣鏡の研究事例では、微小な図像差異を精密に捉えることで、製造過程や技術伝播の解明が進展しています。
4. 教育・展示活用の拡大
博物館や教育機関においても、三次元計測データは効果的に活用されています。実物に直接触れることが難しい文化財でも、三次元モデルを用いてあらゆる角度からの観察が可能であり、理解を深めることができます。さらにVR(仮想現実)やAR(拡張現実)技術と組み合わせることで、文化財の臨場感ある体験が提供され、歴史教育や文化普及の促進に寄与しています。また、デジタル復元による文化財の展示は、文化財保護の観点からも意義が大きく、文化財の持続可能な活用に貢献しています。
具体的な研究事例
三次元計測技術は様々な考古資料の研究に応用されています:
1. 土器研究への応用
遠賀川式土器の研究では、楕円フーリエ解析や球面調和関数などの数理解析技術を用いて、土器の形態的特徴を客観的かつ精密に分類することに成功しています。また、弥生土器のハケメ(板ナデ痕)にある微細な条線パターンを三次元データでマッチングすることで、同一工具の使用を検証するなど新たな視点の研究が展開されています。
2. 石器研究における展開
山形県のお仲間林遺跡で出土した石刃石器群に対して、三次元計測を用いた詳細な形態解析が実施され、石器の反りやねじれ、重心位置を定量化しています。この分析により、石器の製作者が意識的に特定の形状や機能を選択していたことが明らかとなり、製作行動や使用行動の解明に大きく寄与しています。渡辺玲・佐藤悠登2016「石刃石器群の三次元計測と分析 石刃の選択性の行動論的解釈に向けて」『3D考古学の挑戦』
3. 古墳・埴輪の研究
埼玉県の若宮八幡古墳・鉄砲山古墳では、複数の手法を駆使した横穴式石室の三次元計測が行われ、石材の加工痕、石室の構造的特徴、目地の分析など、従来の調査では困難だった詳細な観察・分析が可能となりました。また、千葉県「九十九里の埴輪」と呼ばれる人物埴輪の三次元計測を行い、製作技術や地域的な特徴を明らかにする研究が進んでいます。
おすすめの書籍紹介
考古学における三次元計測について学ぶためのおすすめ書籍をご紹介します:
1. 『カタチの由来、データの未来 三次元計測の人類史学』
『カタチの由来、データの未来 三次元計測の人類史学』
中尾 央 編(2024年2月/勁草書房)
近年、考古学や人類学において注目を集める三次元計測技術。本書は、その最新動向と可能性を、豊富な実例とともに学際的に解説する入門書かつ実践書です。
本書の出発点は、従来の平面図に依存してきた考古資料の記録方法を超え、三次元データによって立体的・定量的に「カタチ」を捉える方法論への移行です。非接触3DスキャナーやSfM/MVS技術を用いた計測手法の比較と特徴を丁寧に解説し、取得されたデータの性質や、従来手法との違いにも踏み込んでいます(第1章)。
続く第2章では、三次元データの公開・共有の課題と意義を議論。オープンサイエンスの理念に基づき、「再現性」「オープンアクセス」「オープンデータ」などの視点から、三次元データを学術資源として活用するための実践的課題に挑んでいます。
第3章・第4章では、三次元データを用いた研究の具体的な解析手法と事例研究を紹介。幾何学的形態測定学を中心に、Rによる解析方法や、古人骨・土器のデータ解析を通じて、形態に内在する情報の抽出とその考古・人類学的解釈への応用を提示します。
第5章では、個別遺物の分析を超えて、文化の進化的パターンとそのプロセスを理論的に接続しようとする試みを展開。形の違いから文化のダイナミズムを読み解く視座を提供します。
編集者である中尾央氏は哲学者でありながら、人類史学・進化科学の方法論を踏まえてデータ解析を論じるなど、まさに学際的な知見が結集された一冊となっています。
2. 『詳解 3次元点群処理 Pythonによる基礎アルゴリズムの実装』

『詳解 3次元点群処理 Pythonによる基礎アルゴリズムの実装』
金崎朝子・秋月秀一・千葉直也 著(KS理工学専門書)
3次元データ処理を体系的に学びたい人に最適な一冊。本書は、PythonとOpen3Dライブラリを用いて、3次元点群処理の基礎から最新の深層学習技術までを幅広く解説します。
サンプルコードがオンラインで提供されており、実装しながら学べる実践的な構成となっています。
冒頭では3次元計測の原理やセンサについて基礎的な理解を深めたうえで、以下のようなトピックが段階的に展開されます:
• 点群処理の基本操作(ファイル入出力、描画、変換、サンプリング、法線推定)
• 特徴点・特徴量の抽出(キーポイント、大域・局所特徴量)
• 点群の位置合わせ(最近傍探索、ICPアルゴリズムの理論と実装)
• 物体認識と姿勢推定(特定物体/一般物体、セグメンテーション、プリミティブ検出)
• 深層学習による処理(PointNet、点群畳み込み、最新の研究動向)
• 点群以外の3次元データ(RGBD画像、ボクセル、メッシュ、多視点画像、Implicit Function)
特に、第4章のICP(Iterative Closest Point)アルゴリズムや、第6章のPointNetの解説とPyTorchによる実装例は、研究・開発の現場で直接役立つ内容となっています。
章末には問題も用意されており、学習効果を確認しながら進められる構成です。
3. 『ゼロからわかる3次元計測: 3Dスキャナ, LiDARの原理と実践』

『ゼロからわかる3次元計測: 3Dスキャナ, LiDARの原理と実践』
坂本 静生 著(2022年6月/オーム社)
近年、考古学をはじめとするさまざまな分野で注目されている三次元計測技術。本書は、そうした3DスキャナやLiDARに代表される計測技術について、「原理から実践まで」を丁寧に学べる入門書です。
3次元計測とは、物理空間にある物体の立体形状を、映像データとしてコンピュータに取り込む技術。本書では、その基礎となる原理や数理モデルをわかりやすく解説するとともに、読者が実際に手を動かして理解を深めることを重視しています。
たとえば、
• 物体の三次元情報をどのようにデジタル化するか
• どのような手法(3Dスキャナ、LiDARなど)が使われるのか
• 計測データの構造や処理の仕組みはどうなっているか
といった点について、理論だけでなく実験・演習的なプロセスを通して学ぶ構成となっており、初学者でも無理なくステップアップできるよう工夫されています。
三次元計測の基礎的な素養を身につけることで、建築・土木・文化財保存などの実務や研究、そして考古学的資料のデジタル記録と分析への応用にもつながる、実践的な基礎力を培うことができる一冊です。
4. 『季刊考古学 第140号:3D技術と考古学』
『季刊考古学 第140号:3D技術と考古学』
急速に進展する3D技術の考古学的応用をテーマに据えた本特集号は、現場での三次元計測の活用から、博物館や国際文化遺産保護の現場における実践まで、最前線の事例を豊富に収録しています。図版・写真も充実し、特設ページでは実際の3D画像やムービーの閲覧も可能というインタラクティブな構成が特徴です。
◆ 三次元記録の最新事例と多様な技法
• 縄文石器、瓦積み井戸、石像、土器など、多様な遺物・遺構の3D記録とその応用。
• 記録技術はSfM/MVS、航空レーザー、X線CT、レーザースキャナなど多岐にわたる。
• 「PEAKIT」など可視化・視覚表現の工夫により、考古遺物の特徴を強調した記録方法も紹介。
◆ 三次元データの観察・操作・共有
• Sketchfabや3D PDF、ローデータを用いた三次元モデルの比較・閲覧体験を紹介。
• 土器の施文や石器の表面加工など、考古学的観察における3Dの有用性を検証。
• Adobe AcrobatやMeshlabなど、具体的なツール操作も案内されており、実用性が高い。
◆ 考古研究・文化財保護への貢献
• パキスタンの遺産(ガンダーラ仏、アショーカ碑文など)を対象とした三次元記録の国際的取り組みを紹介。
• 風化や盗難からの保護、博物館収蔵品のデジタルアーカイブ化など、保存・継承の観点からも注目される。
• 日本国内では、蓄積された二次元図面の3D化や地域コミュニティでの活用、ワークショップへの展開など、教育・市民参加型の利活用にも焦点を当てている。
5. 『博物館DXと次世代考古学』
『博物館DXと次世代考古学』
野口 淳・村野正景 編(2024年9月/雄山閣)
『博物館DXと次世代考古学』(野口淳・村野正景 編、雄山閣、2024年)は、デジタル技術の進展がもたらす考古学と博物館の革新を、理論・実践・技術の三位一体で解説する初の本格的な書籍である。本書は、デジタル技術によって変容しつつある資料の記録・保存・公開・共有のあり方、そしてそれが生み出す利用者の新たな体験をテーマに、次世代考古学の姿を多面的に描き出している。
第一部では、博物館DXの理論的枠組みや文化政策の変化、制度的課題を整理しつつ、「次世代考古学」とは何かという根本的な問いに取り組む。日本国内の動向に加え、ホンジュラスの博物館との国際協力など、グローバルな視点も盛り込まれている。
続く第二部では、京都文化博物館や飛騨みやがわ考古民俗館、立命館大学アート・リサーチセンターなどを例に、地域に根ざしたデジタル実践の多様なあり方が紹介される。市民参加型のアーカイブ活動や、収蔵資料のデジタル化を通じたネットワーク形成、教育・福祉との連携といった、博物館の社会的役割の広がりが具体的に示されている。
第三部では、博物館と考古学の領域で急速に実用化が進む最新技術が集中的に紹介される。無形文化財のアーカイブに活用されるVolumetric Video、8,000万画素の赤外線カメラ、点群データと3D立体視ディスプレイによる展示、AR体験へつながるスマートフォン向け3Dスキャンアプリ、フォトグラメトリやレーザースキャナによる文化財建築の記録など、実際に運用されている先端技術が豊富な事例とともに解説されている。さらに、国産のデジタルアーカイブプラットフォームADEACやI.B.MUSEUM SaaS、ARタイムマシーン、XR活用のSTYLYなど、ソリューションベースの技術動向にも目配りされており、技術と展示、教育、記録の接点を視野に入れた内容となっている。
最終章では、現場の研究者たちによるパネルディスカッションが収録され、DXを通じてどのような考古学や博物館活動が可能になるのかを多角的に検討している。編集を務めた野口淳氏と村野正景氏は、いずれも文化財の三次元計測や地域博物館の運営に深く携わる実務家・研究者であり、本書全体を通じて、理論と実践が緊密に結びついた構成となっている。
本書は、デジタル時代における文化資源の活用と継承に関心を持つすべての人に向けた、実践的かつ展望的なガイドである。デジタル技術の導入が単なる効率化にとどまらず、文化遺産の意味や体験の質そのものを問い直す契機であることを明快に示しており、博物館関係者、考古学者、文化財保存の実務者、さらには地域文化に関わる行政担当者や教育関係者にとって、極めて有益な一冊といえるだろう。
まとめ:三次元計測が拓く考古学の未来
考古学における三次元計測技術は、単なる記録手段の変革を超え、研究方法論そのものを変える可能性を秘めています。従来の二次元実測図では表現しきれなかった立体的情報が客観的に記録・分析できるようになったことで、新たな研究の地平が開かれつつあります。
また、デジタルデータとしての特性を活かした共有・公開は、研究のオープン化やパブリックアーケオロジーの発展にも寄与しています。博物館展示や教育普及活動においても、従来の「見るだけ」の展示から、より能動的で体験型の文化財活用へと発展する可能性があります。
三次元計測技術は今なお急速に発展中の分野です。本記事で紹介した書籍を入口として、この革新的な技術と研究手法に触れてみてはいかがでしょうか。考古学の新たな地平を垣間見ることができるはずです。
(注:本記事は2025年3月時点の情報に基づいています)