考古学の世界は過去の秘密を解き明かす興奮と、それを人々に伝える喜びで溢れています。しかし、同時に、そこには謎や不正、さらには欺瞞性も含まれていることがあります。今回のブログでは、日本の考古学史における大事件、旧石器捏造事件について掘り下げてみます。この事件は、2000年に発覚したアマチュア考古学研究家、藤村新一による遺物や遺跡の捏造で、日本の旧石器時代研究に大きな疑義を投げかけました。特に注目すべきなのは、この事件が日本の考古学界だけでなく、教育界、さらには海外の視野にも影響を与えたことです。以下、このブログでは事件の背景や影響を理解するための5つの重要な本、『石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』、『考古学崩壊 前期旧石器捏造事件の深層』、『旧石器遺跡捏造事件』、『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』、そして『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』について紹介します。これらの本は、この捏造事件の全体像を描き出すのに欠かせない情報を提供しています。

『石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』

著:上原 善広
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『石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』は、上原善広著のノンフィクション作品で、石に魅せられ、その魅力に捕われた考古学者たちの物語を描いています。その中心には、考古学界に大きな足跡を残した三人の男性、相澤忠洋、芹沢長介、そして藤村新一がいます。

相澤忠洋は在野の研究家でありながら、「世紀の発見」とも言われた岩宿遺跡の発掘を行い、日本の旧石器時代研究に大きな影響を与えました。彼の功績は広く認められ、彼の発掘した遺跡は日本の旧石器文化の象徴となりました。

一方、芹沢長介は「旧石器の神様」と称された考古学者で、相澤を支え、自身もまた石に対する深い洞察力を持っていました。彼ら二人の新たな発見は、学術界に大きな波紋を広げ、学術論争や学閥抗争、さらには誹謗中傷に発展しました。

そして、彼らの後を継いだのが、「神の手」と呼ばれた藤村新一です。彼の手による発掘は、さらなる新たな発見をもたらし、学界を更なる混沌とした迷宮へと誘います。しかし、その後、彼は旧石器発掘捏造事件に巻き込まれ、石に魅せられた者たちの運命は天国から地獄へと一変します。

上原善広はこの作品で、日本のルーツを巡る考古学界の裏面史を描き出しています。それは、学術的な探究心と人間の欲望が交錯する独特の世界を浮き彫りにし、読者に深い洞察と興奮を提供する物語となっています。大阪体育大学を卒業後、ノンフィクションの取材・執筆を始めた上原は、『石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』で、その卓越した筆致と、物事の本質をつかむ洞察力を発揮しています。

『考古学崩壊 前期旧石器捏造事件の深層』

著:竹岡俊樹
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『考古学崩壊 前期旧石器捏造事件の深層』は、竹岡俊樹著による一冊の本で、2000年11月に発覚した前期旧石器捏造事件の全貌を描き出しています。この事件の中心人物は、「神の手」と呼ばれた藤村新一で、彼の行った旧石器の捏造が学界を揺るがす大事件となりました。

藤村の行いを告発した主要な人物であり、『考古学崩壊 前期旧石器捏造事件の深層』の著者である竹岡俊樹は、その当時の体験や調査により得た膨大な資料から、事件の全貌を解き明かします。彼は、なぜ学界が20年間にわたって、藤村というひとりの「超能力者」を信じ、彼のオカルト的な主張を受け入れてきたのかを、岩宿遺跡発掘以来の旧石器時代研究史と、その当時の社会状況を背景に検証しています。

さらに竹岡は、再び考古学協会による検証作業と、現在の考古学界の状況について問いかけます。彼は、告発者として事件に深く関わり、その内部を知る立場から、この事件が学界に与えた影響と、それが今後の考古学研究にどのような影響を与えるかを語っています。

竹岡俊樹は、1950年京都府生まれで、明治大学史学地理学科を卒業後、東京教育大学日本史学科修士課程を卒業しました。さらに筑波大学歴史人類学研究科博士課程を修了し、パリ第6大学で博士号を取得しています。元國學院大學文学部史学科非常勤講師で、現在は共立女子大学で非常勤講師を務めています。

この『考古学崩壊 前期旧石器捏造事件の深層』は、考古学関係者や考古学に興味を持つ一般読者にとって、重要な一冊と言えます。事件の全貌やその背後にある社会的、学術的な問題を理解するための洞察を提供し、読者に深い反省と学びを与えてくれるでしょう。

『旧石器遺跡捏造事件』

著:道雄, 岡村
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『旧石器遺跡捏造事件』は、岡村道雄著による重要な書籍で、藤村新一による旧石器捏造事件の真相に迫ります。2010年に山川出版社から発行された本書は、事件発覚から10年後の状況を詳細に記述しています。

藤村新一は、「神の手」と称され、その手により見つかった旧石器は、日本の考古学界に大きな影響を与えていました。しかし、その石器が全て捏造であることが発覚し、学界は大いに揺れました。事件発覚後10年間、多くの関係者からの声は聞こえてこず、真実は闇の中に包まれていました。

この『旧石器遺跡捏造事件』の著者、岡村道雄は、当時、藤村が所属した石器文化談話会の代表であり、東北大学の助手でした。彼は、藤村へのインタビューも交えて、この10年間の沈黙を破り、真実の声を明らかにします。彼は、遺跡がどのように捏造されたのか、その詳細な過程を読者に明らかにしています。

岡村道雄は、1948年新潟県上越市生まれで、東北大学大学院文学研究科修士課程国史学専攻を修了しました。その後、東北大学文学部の助手を務め、宮城県立東北歴史資料館考古研究科研究員、考古研究科長を経て、文化庁文化財部記念物課埋蔵文化財部門の文化財調査官に就任しました。その後、主任文化財調査官としての役職を経て、独立行政法人文化財研究所、奈良文化財研究所で働きました。現在は、「杉並の縄文人」と称し、全国の縄文遺跡を巡りながら環境、歴史、文化について考える活動をしています。

『旧石器遺跡捏造事件』は、その事件の内側にいた人物が書き記した貴重な記録であり、読者に真実の一端を示しています。この一件は、考古学だけでなく、科学全般の研究倫理や、その取り扱いについて再考するきっかけとなりました。これらのテーマに興味を持つ読者にとっては、必読の一冊と言えるでしょう。

『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』

『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』は、上原善広著による日本の考古学界を描いた書籍です。石器への強い思い入れを抱き、それに人生を捧げた人々の物語が鮮やかに描かれています。

『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』は、旧石器時代の遺跡「岩宿」の発見から始まり、その舞台背後で繰り広げられた人間模様を浮き彫りにします。物語の核心には、考古学者・相澤忠洋と芹沢長介という二つの強大な存在が描かれています。彼らの個人史、思想、そして強い石への執着が具体的に描かれています。

特に、相澤の人間像が詳細に描かれ、彼が旅芸人の息子として生まれ、初めて手にした石器にどのように引かれたか、そしてその後どのように家族とともに生き抜いたかが描かれています。芹沢の章では、彼がどのように病と戦い、考古学界でどのように孤立していったかが描かれています。

物語は、「岩宿」発掘の高揚感から、その後の狂騒へと移ります。相澤と芹沢の師弟対決、再発掘調査、そして芹沢の孤立が描かれています。その中で、考古学の舞台裏で行われる博打のような要素がハイライトされ、読者は日本の考古学界の現実を垣間見ることができます。

そして、『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』のクライマックスは「神の手」事件の解明です。神の手への疑問、科学検査の結果、そして取材チームと検証委員会の動きが詳細に描かれています。この部分では、考古学者が捏造を行うまでに至る動機や過程、そしてその結果として生じた影響が深く掘り下げられています。

最終章「神々の黄昏」では、相澤が遺した影響と遺産、そして神の手事件の後の彼の人生が詳細に描かれています。

上原善広は大阪府生まれのノンフィクション作家で、彼の視点から描かれる考古学界は深い洞察力と人間的な魅力が詰まっています。彼は既に大宅壮一ノンフィクション賞やミズノスポーツライター賞を受賞しており、その優れたストーリーテリング力は本書でも発揮されています。そのため、『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』は考古学だけでなく、人間の業、野心、そして情熱を知るための一冊と言えます。

『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』

著:松藤 和人
¥1,760 (2023/09/22 11:19時点 | Amazon調べ)

『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』(松藤和人著、雄山閣)は、いわゆる「ゴットハンド事件」――前期旧石器研究の捏造問題を詳細に検証した一冊です。2010年の出版で、事件から10年が経過した時点での検証結果と日本の前期旧石器研究の方向性を問い直すという主旨が含まれています。

『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』は、事件の学史的背景から始まります。座散乱木第三次調査を「ルビコン河」と喩え、その重要性を強調しています。次に、馬場壇A遺跡以降の調査や小田静夫らによる批判を概説し、前期旧石器の型式編年研究が破綻を見せた様子を明らかにします。

捏造が発覚する前の風評と異義申し立てについての章では、事件が露呈するまでの流れが丁寧に解説されています。その後、毎日新聞によるスクープと、そのスクープをきっかけに始まった疑惑遺跡の検証の経緯をたどります。

『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』は、検証作業の具体的なプロセスや、その中で明らかになった「藤村コレクション」の中身、捏造の手口、そして使用された石器の出所について深く掘り下げます。この過程で共同研究者たちが開いた記者会見の内容も説明されています。

『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』は検証作業を振り返る一方で、その後の考古学界の変化をも見つめます。捏造事件の露見後、どのような変化が生じ、そして日本旧石器学会やアジア旧石器協会の設立に至ったのかを追っています。その上で、日本列島の人類史がどこまでさかのぼるのか、という大きなテーマにも触れています。

エピローグでは、未来志向の研究について触れられており、この一連の事件を通じて考古学界が何を学び、どのように進化していくべきかを問う視点が提示されています。

著者の松藤和人は文化史学の専門家で、同志社大学文学部教授、大学院文学研究科博士後期課程任用教員、西北大学客員教授、中国科学院古脊椎動物古人類研究所客員研究員を務めています。彼の視点から見た「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」の深い解析は、事件を理解するための重要な一助となるでしょう。

まとめ

It is also for the reconstruction of Paleolithic research in Japan.
日本の旧石器時代研究の再構築のためにも。

本ブログでは、日本の考古学界を揺るがせた「旧石器捏造事件」(ゴッドハンド、神の手事件)を取り上げ、その事件を詳細に検証し、捏造の実態とその背後にある様々な要素を探求した5つの本を紹介しています。この事件は、2000年に発覚し、藤村新一というアマチュア考古学研究家が、旧石器時代の遺物や遺跡とされるものを自作自演により捏造していた事実を示しています。この事件は、日本だけでなく、海外でも報道され、その後の日本の考古学界に大きな影響を与えました。

  1. 『石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』:この本は、捏造事件を起こした藤村新一の人間像を描き出し、彼がなぜ捏造に手を染め、それがどのように発覚したのかを詳細に解説しています。
  2. 『考古学崩壊 前期旧石器捏造事件の深層』:捏造事件の背後にあるさまざまな要素を探求し、事件がどのようにして可能になったのか、またそれが何を意味するのかを考察しています。事件の本質を理解するためには欠かせない一冊です。
  3. 『旧石器遺跡捏造事件』:この本では、具体的な捏造の手法やそれに関与した人々に焦点を当てています。事件の具体的な現場を詳細に描き出すことで、その実態を明らかにしています。
  4. 『発掘狂騒史: 「岩宿」から「神の手」まで』:事件に至るまでの日本の考古学界の歴史と、藤村新一が捏造を繰り返すことができた背景を描いています。考古学界の制度や風潮がどのように影響したのかを分析しています。
  5. 『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』:事件後の再調査の結果や捏造が確認された遺跡の現状を報告し、事件の後遺症とその影響を詳細に検証しています。

これらの本は、それぞれ異なる視点から事件を解析し、考古学界の問題点を浮き彫りにしています。事件は、科学的手法による検証の未熟さを露呈し、我々に対して、科学的な検証がどれほど重要であるかを再認識させました。このような事件が二度と起きないようにするためにも、これらの本を通じて学び、考古学界の透明性と公正性を高めるための議論を促すことが重要でしょう。