高輪築堤 – これは1872年、新橋と横浜を結ぶ日本初の鉄道路線を敷設する際に築かれた堤防で、近代日本の鉄道史を語る上で非常に重要な遺構です。しかし、この歴史的な価値は長らく忘れ去られ、あるいは見過ごされてきました。しかし今、その価値が再評価され、その保存と活用の計画が進んでいます。

本ブログでは、この高輪築堤について詳しく探り、その歴史的な意義を紐解きます。まず、「高輪築堤」とは何か、その具体的な構造や築造の背景について考察します。次に、高輪築堤の調査と保存をめぐる経緯を振り返ります。発掘調査の結果や保存方針の策定、そしてそれがいかにして国の史跡に指定されたかといった流れを追っていきます。

そして最後に、この遺構を我々がどのように見ることができるのか、その可能性について探ります。JR東日本が発表した2027年度の現地公開計画について詳しく説明し、それがいかにして「TAKANAWA GATEWAY CITY」の一部として計画されているのかを見ていきます。

この記事を通じて、読者の皆様が高輪築堤という歴史的な遺産に対する理解を深めることができれば幸いです。それでは、一緒にこの旅を始めましょう。

「高輪築堤」とは

「高輪築堤」とは、1872年(明治5年)に日本で初めて新橋と横浜間に開業した鉄道の一部として敷設された海上築堤の遺構です。これは、世界的に見ても珍しい存在で、日本の近代化遺産として特に重要な位置を占めています。これは、日本の近代史、鉄道史、土木史、産業史を物語る象徴的な遺跡として位置づけられています。

この高輪築堤の遺構は、2019年4月、JR東日本による品川駅改良工事中に偶然に発見されました。この発見を受けて、JR東日本は「品川開発プロジェクトエリア(第I期)」内の約1.3kmにわたって試掘調査と遺構の検出調査を2020年2月から開始しました。

調査結果を受けて、2021年4月、第7橋梁橋台部及び築堤部の約80m、さらに公園隣接部の築堤部約40mが「現地保存」されることが決定されました。さらに、信号機跡を含む約30mについては「移築保存」が行われることになりました。5月からは、「現地保存」範囲を除いた部分で「記録保存」調査が実施されています。

これらの調査で検出された遺構には、開業期(明治5年)の高輪築堤跡、複線化期(同9年)の高輪築堤跡、3線化期(同32年)の高輪築堤跡、錦絵の風景をそのまま残す第7橋梁橋台部、南横仕切堤、信号機跡などが含まれています。

そして2021年9月、既に国史跡指定されていた「旧新橋停車場跡」に、今回発見された高輪築堤跡の「現地保存」の範囲が追加指定されました。これにより、史跡の名称が「旧新橋停車場跡及び高輪築堤跡」と改められ、日本の鉄道史・近代化史の一部として更なる重要性を持つこととなりました。

高輪築堤の調査と保存をめぐる経緯

Remains of the sea embankment built as part of Japan's first railroad between Shimbashi and Yokohama.
日本で初めて新橋と横浜間に開業した鉄道の一部として敷設された海上築堤の遺構

2020年12月、日本で最初の鉄道として海上に構築された高輪築堤の存在が発掘調査で確認されました。この発見はJR東日本の進行中の品川開発プロジェクトの一環として行われました。この築堤は近代日本の鉄道を象徴する重要な遺構であり、日本考古学協会をはじめとする多くの学会から後世に伝えるべき重要な遺産と認識されました。しかしながら、開発計画が進行中であることから、工事によりこの築堤が壊される運命にあることも明らかになりました。

続けて、2021年4月、JR東日本は開発計画を抜本的に見直すことなく、一部の築堤を保存するという方針を示しました。具体的には、公園となる1街区と橋梁跡が発見された3街区の一部を現地で保存し、4街区で発見された信号機の付近を近くに移築、それ以外の部分は破壊するとの決定でした。この方針により、現地で保存される築堤の一部は2021年秋に国の史跡に指定されました。しかし、全体の築堤のうち保存されるのはほんの一部で、その大半は築堤内部の構造を調査するために解体され、その姿を永遠に消すこととなりました。

さらに追加情報として、品川開発プロジェクトは2期に分けて進行予定で、現在の事業は第1期分で、1街区から4街区までを対象としています。そして品川駅に近い南側の5街区と6街区が第2期分の対象地区となっています。これらの地区にも高輪築堤の跡が残っていると考えられています。つまり、高輪築堤の保存に関する議論はまだ終わっておらず、これから5街区と6街区の築堤跡をどのように保存、活用していくかが大きな課題となっています。

ICOMOS (International Council on Monuments and Sites) also feels threatened.
ICOMOS(国際記念物遺跡会議)も危機感

2022年1月、世界文化遺産の諮問機関であるICOMOS(国際記念物遺跡会議)から高輪築堤の保存について国際的な支援を表明する書簡が送られました。ICOMOSは文化遺産保全の専門家から成る非政府組織で、UNESCOの世界遺産の登録に関する諮問を行う立場にあります。この書簡は、高輪築堤の価値を国際的に認識し、その保存を求めるものであり、日本国内のみならず世界からもその保存に向けた支援が寄せられたことを示しています。

そして、2022年6月には、日本国内の築堤保存を求める声を受けて、JR東日本は品川開発プロジェクトの第2期分について計画を再評価することを発表しました。具体的な保存方針はまだ発表されていませんが、高輪築堤の保存と開発のバランスをどのようにとるかが注目されています。

また、高輪築堤の保存を求める市民団体や専門家たちは、築堤を全て保存し、現地で公開することで、日本の鉄道史や近代化の過程を後世に伝えるための学習施設や観光地として活用することを提案しています。それらの提案がどのように反映されるかについては、今後のJR東日本の発表を待つしかありません。

さらに2023年3月、文化庁は高輪築堤全体を重要文化財に指定する方針を明らかにしました。これは、築堤の保存と利用に向けた新たなステップであり、文化遺産としての価値が再評価されるきっかけとなりました。

以上が、高輪築堤の発掘調査から現在に至るまでの経緯となります。今後もこの問題は日本の文化遺産保全と都市開発の問題として、また、一般市民から専門家までが関わる社会問題として、大きな議論を呼び続けることと思われます。

JR東日本が発表した現地公開計画の概要

JR East announced that it aims to open the site to the public in FY2027
JR東日本は2027年度の現地公開を目指すと発表

JR東日本は2023年5月31日に、日本の鉄道開業時の構造物である高輪築堤について、2027年度の現地公開を目指すと発表しました。高輪築堤は、1872年に日本初の鉄道が新橋・横浜間に開業した際、高輪海岸沿いの海上に鉄道を走らせるために敷設された鉄道敷の遺構で、その重要性は日本の交通の近代化や当時の土木技術を知る上で高い価値があると認識されています。

高輪築堤の保存と公開に向けた策定活動は、国の史跡に指定されたことを受けて、2021年12月から開始されました。この活動には様々な分野の有識者、文化庁、東京都、港区の文化財行政が参加し、構造安定性や保存科学などの技術的な検討を行いながら適切な保存対策および継続的な維持管理を行うことで、高輪築堤の現地公開を可能にすることが決定されました。

今後のまちづくりと高輪築堤跡の保存・公開については、新たなビジネス・文化が生まれ続ける街「TAKANAWA GATEWAY CITY」の一部として、約150年前の近代日本の曙の志を国内外に発信する方針が掲げられています。

具体的な取り組みとしては、保存活用計画に基づき、欠損部築石、盛土、バラスト、レール、橋梁等の再現を検討し、現地で発掘された築石を活用したランドスケープを設けることで歴史を感じる空間を創出します。また、ARやVR等の最先端技術を活用した開業当時の鉄道が走る景観の再現等、高輪築堤を含めた地域資源等を知るきっかけになるような取り組みを進めていく予定です。

さらに、鉄道開業当初の新橋・横浜間約29kmの記録について、史資料調査や研究成果の収集及び整理を行い、これらの成果を活かして史跡の公開や活用を推進します。そして、史資料調査や記録保存調査により得られた知見を踏まえ、高輪築堤や鉄道の歴史を国内外のお客様が知ることのできる情報発信施設を整備する計画も立てられています。

高輪築堤跡の現地公開時期については、2027年度を予定していますが、周辺のまちづくり工事等の進捗状況も踏まえつつ、有識者の指導のもと検討を進めるとのことです。そのため、具体的な公開時期は遺構の保存と公開に向けた整備等の進捗により変動する可能性があります。

終わりに

What will happen?" TAKANAWA GATEWAY CITY"
どうなる?”TAKANAWA GATEWAY CITY”

この記事を通じて、私たちは「高輪築堤」の深い歴史を探り、その重要性を理解し、保存と公開計画について詳しく学びました。日本初の鉄道路線を支えたこの構造物は、新橋と横浜を結び、近代日本の交通と土木技術の発展を物語る重要な遺構であるとともに、我々の文化遺産の一部でもあります。

調査と保存の過程で、高輪築堤はその価値を再評価され、国の史跡に指定されました。この過程は、我々が自国の歴史をどのように尊重し、その価値をどのように認識し、それをどのように保存し継承していくかということについて、大きな示唆を与えています。

また、JR東日本が発表した2027年度の現地公開計画は、私たちが自国の歴史と文化を直接体験し、感じることを可能にします。これは遺構をただ保存するだけでなく、それを活用し、人々に教育的・文化的な価値を提供するための積極的なステップであり、”TAKANAWA GATEWAY CITY”の一部としての役割を果たすでしょう。

私たちの過去を理解することは、未来への道筋を見つけるうえで不可欠です。高輪築堤の保存と公開は、私たちが自国の歴史と技術の進歩を誇りに思う機会を提供します。それは、過去の挑戦と成功を認識し、それから学び、それを次世代に引き継ぐことを可能にします。

この記事が皆様の高輪築堤に対する理解と興味を深める一助となり、その歴史的価値と保存に対する関心を高めることを願っています。そして、2027年の公開を心待ちにし、その日が私たち全てにとって新たな学びと発見の日となることを期待しています。