このブログでは、日本の酒田市に位置する酒田市上本町遺跡に焦点を当て、その遺跡が発見された経緯とその価値について深掘りします。特に、その遺跡は酒田商業高校跡地整備事業に伴う店舗建設と駐車場整備工事の中で発掘調査が行われた場所であり、この地域の歴史的な背景と文化遺産の一部を明らかにしています。

上本町遺跡は、かつて江戸時代に庄内藩と最上川流域諸藩が米などを保管するための蔵が建てられた地域でした。遺跡は商業高校の跡地に存在しており、その敷地は明治時代まで多くの蔵が並んでいた場所として知られています。しかし、明治27年(1894年)に発生した庄内大地震で全ての蔵が焼失し、大正時代には新たな商業学校が建設されました。

このブログでは、発掘調査によって明らかになった遺跡の特徴や歴史的な価値、さらにはその発見が地域の歴史認識にどのように貢献したかについて解説します。また、この遺跡が発見されるまでのプロセスと、遺跡発掘が行われた整備事業についても詳しく説明します。新たな店舗建設や駐車場整備工事が進む中で、遺跡の発掘と保存がどのように行われ、どのような歴史的発見があったのかについて、具体的な詳細とともに探求します。

このブログを通じて、読者は日本の地域の歴史と文化遺産を深く理解することができるでしょう。また、都市開発と歴史的遺産の保存がどのように共存するかについて、一例を具体的に知ることができます。

酒田商業高校跡地整備事業

The vision of the town that the Sakata Commercial High School site development project aims to achieve
酒田商業高校跡地整備事業の目指すまちの姿 出典:酒田商業高校跡地活用基本構想

酒田商業高校跡地整備事業の背景

山形県立酒田商業高等学校跡地整備事業(Site Development Project of Sakata Commercial High School)は、過去に高等学校として使用されていた土地を活用し、地域振興を目指す事業です。この土地は、4つの高等学校の統合により市立酒田中央高等学校との交換で市が取得しました。しかし、利用は亀城小学校の仮校舎や学童保育所としての使用に限定され、老朽化による危険性から利用が中止されました。市街地の中心部に位置し、国指定史跡「山居倉庫」に隣接していることから、その未活用状態は地域経済にとって大きな機会損失となっていました。

基本構想の策定と目指す姿

Sakata City formulated a basic plan for utilizing the site of Sakata Commercial High School in May 2021.
酒田市は令和3年5月に酒田商業高校跡地活用基本構想を策定

こうした問題を解決するため、市は令和3年5月に酒田商業高校跡地活用基本構想を策定しました。基本構想には、老朽化により活用困難な旧校舎の解体、解体後の土地の民間事業者による活用、中心市街地の課題と方向性の明確化、そして商業跡地への機能導入及び事業スキームの検討といった要点が含まれています。これらは、観光客や移住者を含む関係人口の増加を目指すまちづくりの基盤を形成します。

民間事業者の募集と選定

The group selected as the preferred negotiator is the group represented by Marutaka Co.
優先交渉権者として選ばれたのは株式会社丸高を代表法人とするグループ

民間事業者の募集と選定のプロセスは複数の段階にわたり行われました。まず、令和3年12月27日の参加表明書提出期限までに5者から参加表明書の提出がありました。しかし、その後1者から辞退届が出され、最終的に提案書を提出したのは4者となりました。それらの提案書は以下のようなものでした:

  1. 「Keyaki Connects」: 酒田商業高校跡地開発プロジェクト
  2. いろは蔵パーク(仮称)プロジェクト
  3. (仮称)かわわわてらすプラス
  4. 酒田テラス(つなぐ+が生まれる庭)

これらの提案書は事業者選定委員会により評価され、その結果、優先交渉権者と次点交渉権者が決定されました。

優先交渉権者として選ばれたのは株式会社丸高を代表法人とするグループで、構成法人としては株式会社菅原鮮魚、仮設機材工業株式会社、林建設工業株式会社、株式会社菅原工務所、I・N設計スタジオ、株式会社石本建築事務所が名を連ねていました。次点交渉権者としては大和ハウス工業株式会社山形支店が選出されました。

各提案については以下のような評価がなされました。例えば、「(仮称)かわわわてらすプラス」は、近隣施設の特徴や事業による相乗効果に対する分析が評価されました。一方、「Keyaki Connects」はその堅実な提案や明確な責任所在が評価されました。しかし、その一方で地域との関連性や波及効果の取り込みが不足していたという意見もありました。「酒田テラス(つなぐ+が生まれる庭)」はその収益性や独特な店舗計画により、人が集まる場所として魅力的であると評価されました。

いろは蔵パーク(仮称)プロジェクト

Group headed by Marutaka Corporation proposes "Iroha Kura Park (tentative name) Project
株式会社丸高を代表法人とするグループは「いろは蔵パーク(仮称)プロジェクト」を提案

選定された企業体は、「いろは蔵パーク(仮称)プロジェクト」を提案しました。この提案は、地域の変遷や歴史的背景を踏まえた内容が評価され、先端技術の活用や市民を巻き込む地域密着型のイベントなどが評価されました。さらに、運営計画においてはファンドを除外し、金融機関からの融資及び主要出資企業での運営体制を整えていた点も評価されました。

プロジェクトの課題と展望

Later, the company announced a change in design due to the rising cost of construction materials and other factors.
のちに建設資材などの高騰を理由に設計変更を発表。

一方で、企業体が提案したプロジェクトは、規模が大きく、その遂行は容易なものではないと指摘されました。新会社設立や複数企業体によるコンソーシアムの確実性、建設費が高額であることに伴うテナント賃料の高さ、施設計画上の搬入路の確保や交通渋滞への対応といった課題があると指摘されました。これらの課題を解決するため、企業体は評価された要素を活かしつつ、事業の確実性を向上させるための柔軟な設計変更や、入居予定テナントとの協議、プロジェクトマネージャーの決定など、確実な事業推進に向けた迅速な決定が求められています。

国指定史跡「山居倉庫」

An important cultural asset for understanding the history of modern and contemporary rice distribution in Japan
日本の近現代の米穀流通の歴史を知る上で重要な文化財

山居倉庫(Sankyosoko)は、明治26年(1893年)に酒田米穀取引所の附属倉庫として設立された大規模施設であり、日本の近現代の米穀流通の歴史を知る上で重要な文化財として認識されています。その歴史は米券倉庫時代の自由な米取引から、食糧管理制度下の時代を経て、現在に至るまでの120年以上にわたる活動により形成されてきました。創建時の6棟の倉庫を含む、大正5年(1916年)までに建築された12棟の倉庫群、事務所棟、東宮殿下行啓記念研究室、板倉三居稲荷神社、そして倉庫西側のケヤキ並木などが現存しています。

その歴史的価値、変遷、特徴等を評価し保存するため、平成30年度(2018年度)に山居倉庫の史跡指定に向けた調査委員会が設置されました。文献調査や大学教授を招聘した現地調査を経て、調査委員会の報告を基に、令和2年11月(2020年11月)に国の文化審議会において史跡指定の答申が行われ、令和3年3月(2021年3月)の官報告示を経て、山居倉庫は地元市で4件目、明治以降の建築物としては初の国指定史跡となりました。

史跡指定後の取組みとしては、まず、史跡の本質的な価値と構成要素を明確にするとともに、これらを適切に保存・活用するための基本方針、方法、現状変更等の取扱基準の策定を目的として、保存活用計画が策定されました。

山形県立酒田商業高等学校跡地の上本町遺跡

Remains and artifacts from the 1st survey of the kamihonchou Site, Sakata City
酒田市上本町遺跡第1次調査の遺構と遺物 『令和4年度山形県発掘調査速報会資料』より引用

山形県立酒田商業高等学校跡地はこれまで「周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当していませんでしたが、 旧酒田商業高校校舎等の解体工事に伴い、市が令和3年度に試掘調査を実施。試掘調査の結果、近世、近代の倉庫跡の上本町遺跡として2022年4月21日付で新規登録されました。

上本町遺跡 −江戸~明治時代の蔵跡−

上本町遺跡(Kamihonchou archaeological site)は、日本の江戸時代から明治時代にかけての遺跡で、庄内藩と最上川流域諸藩が米などを保管するために建てた多くの蔵が並んでいた場所です。これらの蔵は明治時代まで残っていましたが、明治27年(1894年)に発生した庄内大地震により、全てが焼失してしまいました。

その後、大正時代に商業学校が建設され、平成24年(2012年)まで学校の敷地として利用されていました。しかし、発掘調査の結果、ほとんどの場所では校舎建設工事の際に掘り返されていたため、江戸時代や明治時代の建物の跡は確認できませんでした。

とはいえ、敷地の南側の一部では、江戸末期から明治頃の古い赤瓦が出土しました。これらの赤瓦は、溝や土坑にまとめて捨てられていたもので、建物の礎石(foundation stones)と考えられる石も出土しています。これらの遺物から、かつてこの地に存在した建物の屋根には赤瓦が葺かれていたことが判明しました。

参考文献
渡部裕司 2023「上本町遺跡」『令和4年度山形県発掘調査速報会資料』公益財団法人山形県埋蔵文化財センター

酒田商業高校跡地整備と上本町遺跡発掘:過去と現代が交差する地点

The company has announced a policy of reducing the scale of the project from the original plan.
「いろは蔵パーク」は2025年3月オープン予定

このブログ記事では、酒田商業高校跡地整備事業に伴う上本町遺跡の発掘調査について詳細に探求しました。遺跡は一度は全ての蔵が焼失し、その後商業学校が建設された歴史的な場所であり、現在は店舗建設と駐車場整備工事の進行中です。

発掘調査の結果、遺跡から出土した赤瓦と礎石(foundation stones)を通じて、かつてここに存在した建物が赤瓦を使用した屋根を持っていたことが明らかになりました。これは、白黒写真だけでは伝えきれない上本町遺跡の往時の姿を再現する価値ある発見です。

I am also interested in the future of the second survey of the Uehonmachi site in Sakata City.
酒田市上本町遺跡第2次調査のゆくえも気になりますね

また、この記事では、文化遺産の保存と都市開発の進行がどのように共存し得るかについての一例を示しました。それは、遺跡の発掘調査が進む一方で、新たな店舗や駐車場の整備が進行し、その中で適切な保存と活用が行われていることです。

このブログ記事を通じて、読者は遺跡の発掘調査の価値を理解し、その調査が地域の歴史を豊かにする方法を見ることができます。また、文化遺産の保存と現代の都市開発がどのように平衡を保つかについての重要な洞察を得ることができます。これは、過去と現在、そして未来をつなぐための重要なステップを示しています。