新たな時代を迎え、科学と技術が進化を遂げる中で、アーカイブのあり方も変わりつつあります。デジタルミュージアムはその最たる例であり、過去の知識と未来の技術が交差する場所です。今日は、2020~2024年度文部科学省科学研究費助成事業・学術変革領域研究(A)プロジェクトの一部として、熊本大学大学院人文社会科学研究部の小畑弘己教授が率いるチームが開館したデジタルミュージアム「土器を掘る」についてご紹介します。

出典:「土器を掘る:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究」YouTubeチャンネル

どんなプロジェクト?

Earthenware X-ray inspection and AI analysis
土器X線検査とAI分析:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

このプロジェクトは考古学の新たな視点を提供します。その主要な目的は、文字が存在しなかった時代の人類の歴史を再構築し、未来に向けた新たな価値観を創出することです。現代社会が自然災害、環境悪化、感染症の蔓延、戦争、テロなどの脅威に直面する中で、歴史学研究の対象期間の9割以上を占める考古学の役割は大きいとされています。

しかし、日本の考古学は、発掘件数の減少とともに、発見第一主義の「歴史学」から変わりつつあります。このプロジェクトは、そういった社会的・学術的背景を背景に、遺跡ではなく、主に土器に焦点を当てています。土器は、考古学社会の矮小化のためその将来的な保存や管理が不安視されています。

Sharing of basic data
基礎資料の共有化:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

土器は、これまでの考古学研究において、時間と空間の連続性と不連続性を定義し、人間社会の縦横のつながりを解明する骨格の役割を果たしてきました。日本では、土器による時間と空間の整理が進んでいます。しかしながら、最近の研究では、土器には、農耕や生活と関わりの深い種実や昆虫など、「人の暮らし」を詳細に再現する情報が含まれていることが明らかになっています。

このプロジェクトでは、土器の分析に考古学だけでなく、新たに植物学・昆虫学・農学・薬学・化学などの自然科学、さらにX線技術やAI技術を導入します。これにより、従来考古学者の目に見えなかった土器中の資料群を可視化し、植物栽培(農耕化・定住化)の歴史とその人類に与えた影響に関する新たな情報を抽出・分析します。「農耕化が人類に何をもたらしたのか」、この人類史的問いに答えることは、農業を基盤とする現代人類社会の歴史的評価にもつながります。

Construction of a comprehensive analytical study of earthenware
土器総合分析学構築:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

具体的な研究方法としては、日本をモデルに、遺跡から土器を発掘するのではなく、全国に保管されている整理済み・整理中の土器から新しい情報を発掘します。そして、これにより社会と人々の生活や精神性をより詳細に再現する「土器総合分析学」を提唱し、その方法の構築と有効性の実証を目指します。

この研究は、我が国と同様に土器が時間と空間を整理する役目を終えた段階に到達する諸外国に対して、新たな考古学的研究モデルを示す可能性があります。そして、先駆的な取り組みとして、世界規模の需要が期待できます。さらに、未来的には、本研究で開発した手法を超えて、より多様な先端科学技術による既存考古資料の再評価を行う手法を開発し、22世紀型の考古資料学の創設を目指します。これにより、考古学や歴史学を取り巻く社会の変革にも貢献を目指します。

"Digging for Earthenware: Technology Development-oriented Research for the Construction and Social Implementation of 22nd Century Archaeological Materials Science"
引用元:「土器を掘る:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究」http://www.fhss.kumamoto-u.ac.jp/archaeology/earthenware/organization/

デジタルコンテンツの公開開始

Development of morphological artifact identification methods
形態学的遺物識別法開発:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

本プロジェクトは、土器から得られる情報を活用し、今まで見えなかった歴史像を明らかにすることを目指しています。また、開発された調査手法を遺跡の発掘調査に中心的に実装し、農耕化の人類史的意義を探ることを重要な目的の一つとしています。過去の人類社会と現代社会をつなぐ新たなプラットフォームとしてデジタルミュージアムは、一般市民や研究者に広くこの研究成果を知ってもらうための場となります。

Restoration of fiber earthenware production techniques
繊維土器製作技術復元:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

デジタルミュージアムの開館の背景には、学術的な発見と社会情勢の変化が大きく影響しています。小畑教授らの研究チームは、これまでに縄文時代末にすでにイネが伝来していたことや、外来種と言われていたクロゴキブリが縄文時代以来の在来種であることを明らかにし、これらの発見を一般市民にも知ってもらうためにデジタルミュージアムの設立を決定しました。

しかし、既存の博物館での展示が困難な場合もあり、特に大規模な博物館では展示計画等の関係で研究期間内に展示を実現することが難しいと判断されました。そのため、デジタルミュージアムの開設が決まったのです。これは、2023年4月1日に施行された博物館法の一部を改正する法律にも符合しており、デジタル化とその活用の推進が博物館の新たな役割となったからです。

radiocarbon dating
放射性炭素年代測定:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

デジタルミュージアムは、X線CTを利用して土器中の圧痕資料を記録・3D化し、それらをデジタルコンテンツとして公開します。これにより、誰でもどこからでもアクセス可能で、さらには加工が容易な形で成果を公開することが可能となります。このようにしてデジタルミュージアムは、DX社会の中での考古資料学の活用面での先取り手法となることでしょう。

このデジタルミュージアムは、平易な文章とイラスト、3D画像やビデオなどのビジュアルコンテンツで構成されています。また、英語版も設置し、世界中の人々にアピールする形態を持っています。

デジタルミュージアムの主なコンテンツ

Lipid Analysis and Isotope Analysis
脂質分析と同位体分析:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

デジタルミュージアムの主なコンテンツには、「土器は縄文人のメッセンジャー」、「雑草を食べた縄文人(定住化と栽培の始まり)」、「害虫の発生:海を渡った害虫:コクゾウムシの世界」、「縄文人の家に棲んだゴキブリ」、「不思議な土器(豊穣への祈り):多量種実混入土器・多量コクゾウムシ混入土器」、「縄文時代にイネは来ていた」、「土器混和材の世界」、「分析(結論)」が含まれます。

おわりに

Elucidation of ecological and cultural information derived from earthenware
土器由来の生態・文化情報解明:22世紀型考古資料学の構築と社会実装をめざした技術開発型研究

デジタルミュージアム「土器を掘る」は、科学と技術の力で新たな形のアーカイブを作り出し、人々が過去を学び、現在と未来を理解するための新たな道を切り開いています。このデジタルミュージアムを通じて、私たちは過去の人類が残したメッセージを理解し、それが現代社会とどのように関わるかを考えることができます。興味がある方は是非訪れてみてください。デジタルミュージアムのURLはこちらです:https://dokiwohoru.jp/frmDefault.aspx