考古学の世界では近年、「動物考古学(Zooarchaeology)」が急速に注目を集めています。これは、遺跡から出土した動物骨や貝殻、角、歯などの動物遺存体を詳細に分析することで、過去の人類の食生活、生業活動、移動様式、環境適応、そして精神文化にいたるまで多角的に解き明かす学問分野です。とりわけ、家畜化の過程や狩猟・漁労技術の変遷、動物供犠の儀礼的背景など、人類の行動や信念の核心に迫る手がかりを提供する点で、文化人類学や環境史、生態学とも深く結びついています。

この分野は現在、かつてないほどの技術革新学際的展開に直面しています。3次元計測やAIを活用した自然言語処理、ZooMS(質量分析による動物種同定)といったバイオモレキュラー技術の導入により、これまで“同定不能”とされてきた微小な骨片すら分析可能となりました。また、地理情報システム(GIS)や統計ソフトRを用いた地理空間解析の高度化、そして環境DNAやアイソトープ分析との連携により、地域環境と動物利用の関係もより精緻に描かれるようになっています。

さらに、動物考古学は今日、気候変動研究生物多様性保全、さらには食文化の歴史的ルーツ探究といった社会的課題への貢献も期待される分野となっています。この学問が持つ可能性は、単に過去を知ることにとどまらず、持続可能な未来を構想するための“人類と非人類の関係史”を再構築する力にもつながっています。

この記事では、2023年から2025年にかけて発表された最新の動物考古学研究に関する最新論文を精選し、以下の三つの軸からその動向を体系的にレビューします。

  1. 方法論的革新と技術的進化:形態計測学、ZooMS、3Dモデル、AIなど最先端手法の適用事例
  2. 地域研究の深化と比較分析:東アジア・欧州・南アジアなど地域別の家畜化や動物利用の多様性
  3. 理論的展開と学際的連携:マルチスピーシーズ人類学、保全考古学、デジタル人文との融合

動物の骨が語る“声なき歴史”に耳を傾けることは、人類がどのように他者と共存し、自然と関わってきたかを問い直すことに他なりません。人と動物、過去と未来をつなぐ「動物考古学」というレンズを通じて、私たちは何を見つけ出すことができるのでしょうか。

方法論的革新と技術的進化

The wave of technology accelerating animal archaeology: What is the key to deciphering the "record of past ecosystems" revealed by bone information?
動物考古学を加速させるテクノロジーの波―骨の情報が語る“過去の生態系の記録”を解読する鍵とは?

21世紀の動物考古学(Zooarchaeology)は、もはや顕微鏡とルーペだけに頼る静かな観察の世界ではありません。最新の研究現場では、AIによる骨片分類質量分析によるタンパク質同定(ZooMS)3Dスキャンによる形態復元バイオインフォマティクスを用いた進化系統解析など、まさに科学と技術が交差するハイテク領域へと進化を遂げつつあります。

この章では、2023年以降に世界各地で報告された最新の研究成果をもとに、動物考古学の方法論がどのように進化しているのかを詳細に解説します。従来は“断片的な骨の山”に過ぎなかった発掘資料も、テクノロジーの導入によって、種の同定、飼育方法の再構築、生業活動の復元、さらには気候変動への適応戦略の解明など、多次元的な歴史情報の宝庫へと変貌しています。

  • 形態計測学の精緻化と自動化:3D計測や幾何学的形態計測(GMM)の導入により、わずかな形状差異が統計的に扱えるようになり、動物種の識別精度が飛躍的に向上しました。
  • ZooMSとプロテオミクスの応用:質量分析装置を用いて骨や角のコラーゲンペプチドを解析し、目視では識別不可能な種の同定を可能にする技術が急速に普及しつつあります。
  • AI・機械学習と考古データの統合:深層学習アルゴリズムによって大量の骨片画像を自動分類する研究が進んでおり、人間の主観を排した客観的・再現可能な分析が可能となりつつあります。

これらの技術的な革新は、単なる技術的進歩にとどまらず、研究者の問いの立て方やデータの捉え方そのものを変える“方法論的パラダイムシフト”をもたらしています。過去の人と動物の関係性を読み解くために、私たちはこれからどのようなツールと視点を携えて向き合っていくべきなのでしょうか。

この章では、具体的な研究事例を挙げながら、現在進行中の「テクノロジーと動物考古学の融合」の最前線を読み解いていきます。

形態計測学の精密化

“骨のかたち”が語る新しい歴史——動物考古学の未来を切り拓く計測技術の進化とは?

動物考古学における「形態計測学(Morphometrics)」は、過去の動物の種類、年齢、性別、そして人間との関わりまでを読み解くための“基礎にして最先端”の手法です。近年、この分野において驚異的な技術革新が進行しており、単なる計測から、高度な統計解析と3Dモデリングを駆使したミクロスケールの情報復元へと大きく変貌しています。

特に注目されているのが、幾何学的形態計測学(Geometric Morphometrics, GMM)の導入です。これは、従来の単純な長さや幅の測定ではなく、形状そのものの構造的特徴を座標データとして捉え、統計的に比較分析する手法です。これにより、極めて微細な骨の違いから動物の種や個体差を特定できるようになり、人類史の微細な変化を動物遺存体から精密に復元することが可能となりました。

たとえば、近年の研究では、江戸時代後期のニワトリの利用実態を、130点以上のキジ科骨格標本を用いて分析し、都市と農村における飼育・消費のパターンの違いが明らかにされました(許, 2024)。この研究では、骨組織学的分析を併用することで、骨の成長段階や年齢推定の精度も大幅に向上し、若鶏と成鶏の区別による経済活動の時空間的特性が浮かび上がったのです。

また、北海道在来馬の体高推定研究(鵜澤, 2006)のように、家畜の体格変化を通じて生業・交通・軍事利用の実態を捉える試みも進行中です。こうした研究では、デジタル計測技術と統計解析ソフトの連携(R, QGISなど)により、研究者間の再現性・客観性が格段に向上しており、考古学的知見の信頼性と共有性を高めています。

このように、形態計測学の進化は、過去の動物利用の実態をより解像度高く可視化するだけでなく、動物と人間の関係性の変遷を“数量化”して示すことを可能にしました。まさに、動物考古学を「定性的な観察」から「定量的な歴史科学」へと押し上げる原動力となっているのです。

バイオモレキュラー分析の進展

“目に見えない証拠”が歴史を塗り替える──動物考古学に革命をもたらすバイオモレキュラー技術とは?

現代の動物考古学は、もはや「骨を見る」学問ではありません。分子レベルで“聞く”、科学する、そして再構成する時代へと突入しています。近年、DNAやタンパク質、脂質といったバイオモレキュラー(生体分子)に基づく解析技術の飛躍的進歩により、かつて分類不能だった微細な動物遺存体からも、種の同定や利用状況、人間との関係性までもが明らかになりつつあります。

とりわけ注目を集めているのが、ZooMS(Zooarchaeology by Mass Spectrometry)という手法です。これはコラーゲンのペプチド配列をマススペクトロメトリー(質量分析法)で解析することにより、肉眼では見分けのつかない骨片から動物種を特定することが可能になります。マックスプランク研究所のZooarchaeology Research Groupでは、スリランカの先史時代遺跡におけるZooMS解析を通じて、絶滅した霊長類の存在を初めて同定し、人類の移動・狩猟戦略の再評価に繋がる画期的な成果を上げています。

また、バイオモレキュラー分析は、動物骨に含まれる微量元素や脂肪酸の組成から、餌や生育環境、さらには加工・調理法の痕跡までも解明できるポテンシャルを秘めています。こうしたアプローチは、従来の形態学的手法では“見落とされてきた歴史”を可視化し、より立体的な過去像の構築を可能にしているのです。

さらに、この分野の革新は、古代DNA(aDNA)やメタゲノミクスとの連携によって、動物群の集団構造や遺伝的多様性の解明にも波及しています。人間と動物が共有した感染症の痕跡や、家畜の遺伝的改変の履歴を読み解くことにより、動物考古学は人類史、医療史、そして気候変動史との接点を持つ超学際的科学としての道を歩み始めているのです。

このように、バイオモレキュラー分析は、動物考古学の分析対象を「骨」から「分子」へと拡張し、あらゆるスケールでの歴史再構築を可能にする、まさに“革命的手段”です。AIとの統合やデータベースの標準化が進む中で、今後この技術が果たす役割はますます大きくなるでしょう。

3DモデリングとAI統合

「骨の声を聞くAI」──3D技術と人工知能が切り拓く、考古学の未来図

動物考古学の未来は、デジタル空間の中にある。近年、3Dスキャニング技術と人工知能(AI)の融合が、動物骨格の記録・分析・可視化のプロセスに根本的な変化をもたらしている。これまでは熟練した専門家の目と手に頼ってきた骨片の種別同定や形態比較が、AIによる自動化と高精度3Dモデリングの登場によって、大量かつ高速に処理可能となった

ジュネーブ自然史博物館のプロジェクトでは、CTスキャンとディープラーニング技術を組み合わせた骨片識別システムが開発されている。これにより、第一次世界大戦の戦場跡から出土した多数の馬骨を短時間で分類し、軍用馬の飼育や配置に関する歴史的な運用実態を再構築することに成功している。このような実践は、物理的保存が難しい脆弱な遺物や、従来の方法では識別困難だった断片資料の分析において、まさにゲームチェンジャーである。

さらに、3Dモデリング技術は教育とデータ共有の面でも革命を起こしている。大学や研究機関では、VR・AR環境を活用した考古学教材として、精密な3Dモデルが活用されつつあり、実物に触れられない研究環境でも骨資料の立体的理解が可能となった。また、クラウド上でのモデル共有により、世界中の研究者が一つの骨格データを同時に参照しながら議論を行うという、国際協働の新たな形が実現しつつある。

AIによる画像認識は、特徴量抽出や損傷パターンの自動分析にも応用され、動物の処理過程や利用目的を視覚的に再構築する技術として進化中である。一方で、ディープラーニングによる判断根拠のブラックボックス化を回避するために、XAI(説明可能なAI)の導入も進められており、考古学的知見とアルゴリズムの相互理解を目指す取り組みも始まっている。

考古学×AI×3Dの融合領域は、今まさに熱い。これらの革新技術は、動物考古学における「見る・測る・記録する・共有する・考察する」という全プロセスを刷新し、過去と向き合うための新たな視座とツールを私たちにもたらしている

地域研究の深化と比較分析

"Regional memories told through bones" - Zooarchaeology depicts the intersection of the global and the local
「骨が語る地域の記憶」──動物考古学が描き出すグローバルとローカルの交差点

動物考古学は、単なる過去の動物利用の記録ではない。それは、人間の営みが土地に根ざし、環境と共に形成された複雑な歴史の軌跡を読み解く、“地域性”を可視化する強力なレンズでもある。近年の研究動向は、グローバルな家畜化プロセスの共通性とともに、地域ごとの生活様式、食文化、自然環境との関係性に注目し、比較分析による深層的理解へと舵を切りつつある

とりわけ、東アジアやヨーロッパ、中東など、多様な生態系を背景に展開されてきた動物資源の利用史は、同じ家畜種であっても、地域によって異なる飼養戦略、信仰的価値、経済的役割を担っていたことを示している。こうした地域間差異は、単なる文化の違いではなく、気候変動、社会構造、技術レベルといった複合的な因子の影響を反映しており、時には交易や移住、征服といった大規模な人の移動と深く関わっていた

さらに、近世から近代にかけての都市化や農業集約化の進展と動物利用の変遷を、具体的な骨資料を通じて追跡できるようになったことは、地域経済の変容や生活文化の多様化を考古学的に裏づける画期的成果と言える。たとえば江戸時代の都市部では、ニワトリや豚といった家畜の消費パターンに明確な地域性があり、食文化や交易のネットワークを浮き彫りにする鍵となっている。

この章では、こうした地域研究の深化がもたらした知見をもとに、動物考古学がいかにして“地域の声なき歴史”を読み解き、グローバルな家畜化史とローカルな生活史を架橋する新たな視座を提供しているかを明らかにしていく。現代の多文化共生や持続可能な社会構築の文脈においても、地域の歴史と動物との関係性を丁寧にたどる動物考古学の視点は、過去から未来への橋渡しとしてますます重要性を増している。

東アジアの家畜化プロセス

「野生から家畜へ──骨が語る東アジアの“飼いならし”の歴史」

東アジアは、世界の中でも家畜化の進展が複雑かつ多様な軌跡をたどった地域である。特にイノシシやニワトリ、ブタといった動物たちは、人間との関係性の変化を骨の形状や摩耗のパターン、出土状況といった物的証拠から物語る、いわば「無言の証人」となっている。これらの遺存体の分析は、狩猟から選択的飼養、そして本格的な家畜化へと至るプロセスを明らかにする上で不可欠なデータを提供している。

著:松井 章, 編集:丸山 真史, 編集:菊地 大樹
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近年の動物考古学研究では、縄文時代後期から弥生時代への移行期における野生動物の管理化の兆候に注目が集まっている。たとえば、イノシシ骨の計測値に見られる体サイズの縮小傾向や、特定部位の出土頻度の偏りなどが、人為的選択や給餌、囲い込みといった初期的飼育の存在を示唆している。このような定量的・質的分析の融合により、東アジアにおける家畜化の過程が、単なる動物の“捕獲と飼育”ではなく、環境適応・社会変動・宗教観念といった多元的要因の交錯によって形成されたことが徐々に明らかとなってきた

さらに、江戸時代から明治期にかけての都市遺跡から出土するニワトリ骨の分析は、都市化や経済構造の変化が動物利用に与えたインパクトを定量的に捉えるうえで貴重な素材となっている。地域ごとの消費パターンの違いや性差・年齢構成の比較からは、単なる食肉資源としての価値だけでなく、儀礼や信仰といった文化的要素も浮かび上がってくる。(許 開軒 2024『近世日本のニワトリ利用に関する動物考古学的研究』北海道大学)

こうした東アジアの多様な家畜化プロセスを、骨考古学的証拠と地域史的文脈の双方から再検討し、人間と動物の関係がどのように変化してきたのかを“形のない歴史”として再構築していく。家畜化という行為が単なる技術的操作ではなく、人間社会の変容を映す鏡であることを、動物の骨は静かに証明しているのである。

欧州における多種共存ダイナミクス

「新石器時代のヨーロッパに見る“動物との共生社会”──野生と家畜の境界が語る環境適応の知恵」

ヨーロッパの新石器時代は、人類史における農耕社会の黎明期として知られるが、近年の動物考古学的研究は、単なる農業技術の導入だけでは語りきれない、野生動物と家畜の複雑な関係性を浮き彫りにしている。とくにスイス・グランソン遺跡をはじめとするアルプス周辺の調査では、赤鹿や野ブタなどの野生動物と、ウシやヒツジ・ヤギといった家畜化動物が同じ空間に共存していた証拠が明らかとなっている。

この共存は単なる“混在”ではなく、季節的移動や放牧、狩猟のタイミング、さらには集落の配置に至るまで、人間と動物の関係が環境と調和しながら戦略的に構築されていたことを示唆している。近年注目される安定同位体分析や動物骨の空間分布解析によって、放牧による栄養状態の変動や、冬季における家畜と野生動物の利用差が科学的に裏付けられるようになった。

さらに、ヨーロッパ先史社会における動物の利用は、単なる食資源を超えて、儀礼的・象徴的役割をも担っていたことが明らかになりつつある。赤鹿の角の加工品や、異常骨格をもつ家畜の埋葬例などは、動物が人間社会の宗教観や死生観に深く関与していた証左であり、「人間と動物の共進化」という観点からの新たな解釈を促している。

「ヨーロッパ先史時代における動物と人間の共生関係」という視座から、近年急速に蓄積されつつある考古学的証拠をもとに、多種共存の戦略とその社会的・環境的意義を総合的に読み解いていく。動物考古学と環境考古学が交差するこの研究領域は、気候変動への適応という現代的課題とも密接に関連しており、過去の人間社会が築いた「動物との持続的な関係性」に、私たちは未来のヒントを見出すことができるのである。

理論的展開と学際的連携

"Reconstructing the relationship between humans and animals: Zooarchaeology opens up the frontier of the fusion of humanities and science"
「“ヒトと動物”の関係性を再構築する──動物考古学が拓く人文学と科学の融合最前線」

動物考古学は、かつて単に「人類の食生活や狩猟活動を復元する補助学問」と見なされていた。しかし現在、この分野は急速にその学問的地位を高めつつあり、「人間と動物の関係性」を多層的・動的にとらえる理論的再構築の時代に突入している。

本章では、最新の研究潮流として浮上する3つのキーワード──マルチスピーシーズ人類学、保全考古学、デジタル人文学との融合──を軸に、動物考古学がどのように他分野と連携しながら理論を深め、応用範囲を広げているのかを明らかにしていく。

まず注目されるのが、「人間中心主義」的視点を問い直すマルチスピーシーズ人類学の台頭である。このアプローチでは、家畜化や狩猟といった人為的行為を単なる文化行動と捉えるのではなく、人と動物が互いに変容しあう「共進化的プロセス」と位置づける理論枠組みが導入されつつある。

さらに、気候変動や生物多様性の喪失といった地球規模の課題に対して、過去のデータを活用する保全考古学(Conservation Archaeology)の可能性も広がっている。たとえば、ZooMSや同位体分析によって再構築された過去の生態系情報は、今日の森林管理や動物保護政策における重要な基準点として再評価されている。

そして最後に、デジタル人文学とAIを活用した新しい研究環境の登場は、動物考古学の教育・研究基盤そのものを変革しつつある。ArcGISやR統計環境を活用した空間分析、深層学習による骨片自動同定、クラウドベースの国際データ共有プラットフォームなど、研究の「再現性」「透明性」「拡張性」が飛躍的に向上しているのが現状である。

これらの動向は、動物考古学がもはや専門的な知見の集積にとどまらず、人文学・自然科学・社会科学を横断する学際的ダイアログの中核的領域へと変貌していることを物語っている。本章では、これらの学術的再編を具体的事例とともに紹介し、動物考古学の未来的可能性を展望する。

マルチスピーシーズ人類学の台頭

「動物も“歴史の担い手”だった──マルチスピーシーズ人類学が動物考古学にもたらすパラダイム転換」

近年、動物考古学の理論的基盤に大きな転換が起きつつある。その中心にあるのが、マルチスピーシーズ人類学(Multispecies Anthropology)と呼ばれる新たな人類学的アプローチの台頭である。この理論は、従来の人間中心主義的枠組みから脱却し、「人間と非人間(動物や植物)」の関係性を動的・対等なものとして捉える試みである。

動物考古学においても、このアプローチの導入は家畜化や狩猟、動物利用の歴史的プロセスを読み解く視点を大きく変え始めている。たとえば、近年の理論的研究では、動物が単に人間の経済活動に従属する「資源」ではなく、人間の行動や認識の形成に能動的に関与する存在=「共創者(co-actors)」として再評価されている。

このような視座から、動物考古学では「歴史的動物性(historical animality)」という概念が導入され、動物の身体的特性や行動様式が、いかにして人間社会の構造や象徴体系に影響を与えてきたのかが分析の対象となっている。これは、家畜化という生物学的プロセスそのものを、「人と動物が互いに変化しあう共進化の場」として再定義する理論的枠組みでもある。

考古資料の新たな解釈可能性を開くのみならず、生態学・倫理学・人類学・歴史学との学際的対話を促進する上でも極めて重要である。また、近年では、こうした思想的展開が博物館展示や文化遺産教育の現場にも波及しており、動物の歴史的主体性を尊重する新しいナラティブの構築が試みられている。

保全考古学への応用

「過去の動物たちが未来の自然を救う──動物考古学×生物多様性保全の最前線」

いま、動物考古学(zooarchaeology)が生物多様性の保全という地球規模の課題と結びつきつつある。これまで「過去の暮らし」や「食の文化」を読み解くための学問と捉えられてきた動物考古学は、いまや環境保全、絶滅危惧種の復元、ランドスケープ・マネジメントといった現代的実践に応用されるフィールドへと拡張している。

この新たな潮流の中核にあるのが、「保全考古学(conservation archaeology)」という学際的アプローチである。特に注目されているのは、動物の過去の分布や環境適応戦略を明らかにすることで、現在の生態系管理や再野生化(rewilding)プロジェクトに歴史的な指針を提供する可能性である。

たとえば、マックスプランク研究所によるスリランカでの研究では、先史時代の動物遺存体から絶滅した霊長類の生息域が再構築され、その知見が現代の森林復元計画に活かされている。こうした研究は、人間と動物の長期的関係史をベースとした保全モデルの構築を可能にし、「過去に学ぶ保全」という理念を実証的に支えている。

さらに、考古学的記録は、現存するデータだけでは把握しきれない過去の生物多様性の豊かさと変遷を教えてくれる。これにより、単なる種の保護ではなく、より包括的な生態系全体の持続可能性を見据えた政策立案や環境教育への活用が進められている。

課題と将来展望

"Opening up the future of bones: challenges facing zooarchaeology and the frontiers of next-generation research"
「骨の未来を拓く:動物考古学が直面する課題と次世代研究のフロンティア」

動物考古学は今、急速な技術革新と学際的連携の波に乗って飛躍的な進展を遂げつつあります。ZooMSによる種判別、CTスキャンとAIの融合による自動分類、マルチスピーシーズ人類学といった理論的枠組みの拡張など、まさに“骨”から見える世界は過去の「食性復元」だけにとどまらず、人間と動物が織りなす歴史と文化の本質を再構築するための鍵となりつつあります。

しかし、そのような期待の一方で、研究基盤には未解決の構造的課題が横たわっています。データの標準化と共有基盤の欠如倫理的ガイドラインの未整備、そしてAIのブラックボックス化という技術的リスク——これらは、いずれも21世紀の動物考古学が“次のステージ”に進むための障壁です。

例えば、ヨーロッパではZooarchaeological Metadata Standard(ZMS)の導入が進んでいる一方で、日本やアジアの多くの国々では、紙ベースの記録や閉鎖的なデータベースに依存しており、国際比較研究や機械学習の導入に大きなハードルがあります。また、先住民族との共同研究が進む北米・オセアニアでは、動物遺存体に関する文化的・宗教的配慮を求める声が高まり、研究倫理の再構築が喫緊の課題となっています。

さらに、AIやディープラーニング技術の応用が進む一方で、「なぜその判断に至ったのか?」という問いへの透明性が求められており、“説明可能なAI(XAI)”の構築は、考古学研究とアルゴリズムの信頼性を橋渡しするための重要なテーマとなっています。

デジタル人文科学との融合

「動物考古学×デジタル人文学:AI・GIS・統計が切り開く“過去の動物たちのデータ革命”」

動物考古学は今、かつてない革新の波に包まれている。注目すべきは、デジタル人文学(Digital Humanities)との融合によって、膨大で断片的だった動物遺存体データが“扱えるビッグデータ”へと変貌しつつあることだ。これにより、地理情報システム(GIS)やRによる統計処理、3Dモデリング、AIによる骨片識別技術などを駆使し、動物考古学の可能性は飛躍的に拡張している。

たとえば、イギリス・ヨーク大学のzooarchaeology教育プログラムでは、QGISとR統計を統合した分析パイプラインが開発され、学生たちがフィールド調査から空間統計解析までを一貫して行うスキルを習得している。これはもはや教育という枠にとどまらず、研究現場そのものの変革を意味するプロジェクトでもある。

また、3Dスキャンによる骨格データの共有と、クラウドベースのコラボレーション環境の整備により、地理的に離れた研究者同士が同一資料を遠隔から同時に解析することが可能になった。これは、国際的な研究連携を飛躍的に進化させる土台ともなっており、アジア・欧州・北米の考古学研究チームの連携事例が増加している。

倫理的枠組みの構築

「骨と尊厳の交差点:動物考古学に求められる新たな倫理観とガイドライン」

近年、動物考古学は科学的な進展とともに、倫理的な再定義の岐路に立たされています。これまで「科学的資料」として扱われてきた動物遺存体は、今や単なるデータ以上の意味を持ち、人類の歴史・文化・信仰と密接に関わる“記憶の断片”として再評価されています。こうした中で、研究対象となる遺存体が持つ文化的・宗教的・社会的な背景への配慮が、国際的に求められるようになってきました。

特に北米やオセアニアでは、先住民コミュニティとの共同研究が進むにつれ、動物骨資料の採取・分析・公開に際して「誰のための研究か」「どのような文脈で扱われるべきか」という問いが浮上しています。たとえば、ハワイ大学では、文化的に重要な動物(例:カメ、豚、鳥類)の分析を行うにあたり、先住民と共同で分析手順を設計し、研究プロセス自体を共有・可視化するプロジェクトが進行しています。

また、アジアやヨーロッパの一部でも、絶滅危惧種や神聖視されてきた動物種に関する考古学的調査に対し、慎重なアプローチが求められる動きが出始めています。こうした流れは、単に研究者の倫理観に委ねるのではなく、制度化された「動物考古学倫理ガイドライン」の策定を必要としています。

AIモデルの解釈可能性

「ブラックボックスからの脱出:動物考古学におけるAI活用と“説明可能なAI(XAI)”の必要性」

近年の動物考古学は、3Dモデリングやマススペクトロメトリーといった新技術とともに、人工知能(AI)による自動識別・分析手法の導入によって大きな転換期を迎えています。特に深層学習(ディープラーニング)を活用した骨片の種別判別や損傷パターンの解析は、これまで膨大な時間と専門的技能を要した工程を、数倍の速度と高い精度で実現する革命的手段として注目を集めています。

しかしながら、このようなAI技術の発展に伴い、「その判断がなぜ導かれたのか?」という根源的な問いが浮上しています。すなわち、AIが出した答えに対して人間が意味を理解し、納得可能なかたちで説明できるかどうか――これは、「説明可能なAI(XAI: Explainable Artificial Intelligence)」として知られる研究分野において、最も重要な課題のひとつです。

考古学の文脈においては、データの透明性と再検証性が常に求められるため、“なぜその骨がイノシシと判定されたのか”を、考古学者自身が理解できないAI判定に依存することは、学術的信頼性を損なう可能性も孕んでいます。また、文化的にセンシティブな動物遺存体に関する分析結果を社会に公表する際には、根拠のある説明責任が一層重要になります

結論:学際的ダイアログの新時代

"Toward an era where we can listen to the voices of bones: Zooarchaeology opens up new historical perspectives on the relationship between humans and animals"
「骨の声を聞く時代へ:動物考古学が拓く人類と動物の新たな関係史」

動物考古学は今や、「過去の動物利用を読み解く補助学問」ではなく、人類の生態・文化・思想を横断的に理解するための中核的な学際領域へと進化しつつあります。DNAやコラーゲンペプチド、3DスキャンやAIといった革新的ツールの導入は、考古資料に込められた「痕跡」から、これまで知り得なかった生活・交易・儀礼・思想の層をあぶり出し始めています。加えて、マルチスピーシーズ人類学やポストヒューマン論といった理論的潮流と連携することで、人間と動物の関係性そのものを問い直す視座が生まれています。

特筆すべきは、これらの進展が一方向の技術革新にとどまらず、データ標準化・倫理的運用・説明可能なAI開発といった構造的課題に応答しながら、研究手法・思想・社会実践のトライアングルを形成している点です。このような構造は、単なる知識の集積ではなく、異なる分野同士が対話を通じて共通の問いに向かい合う「学際的ダイアログの場」を形成しています。

未来の動物考古学は、過去を掘り起こすだけではなく、現代の環境保全や文化多様性への貢献、そして持続可能な社会モデル構築にも資するポテンシャルを持つ学問へと展開していくでしょう。人間と動物の共生史が、デジタル技術・バイオサイエンス・人文学の交差点で再構築されつつある今、私たちは「骨の声を聞き」、過去と未来をつなぐ知のインフラを再定義する歴史的転換点に立っているのです。