この記事は、本サイトが過去に収集した2023年2月から12月にかけて全国で公表された考古学関連の公募や求人情報をもとに、大学・研究機関における教員・研究職、地方公共団体における埋蔵文化財専門職員、そして学芸員の動向を総合的に分析し、現状と課題を明らかにすることを目的として作成されたものである。
近年、文化財行政を取り巻く環境は大きく変化しており、地方分権化にともなう発掘調査体制の地域化や、文化財を「守る」から「活かす」へと転換する政策潮流の中で、現場を担う専門人材の確保・育成が喫緊の課題となっている。特に、少子高齢化や地方の人材流出といった社会的課題と相まって、自治体における埋蔵文化財行政の人手不足や技術継承の困難さが顕在化している。
一方で、大学や研究機関においても、考古学を専門とする教育研究職の公募は依然として限定的であり、特定地域・時代への偏り、あるいは任期付職の増加など、若手研究者のキャリアパス形成をめぐる不安定性が続いている。学芸員職においても、自治体の財政状況や博物館行政の方向性によって公募数や職務内容にばらつきが見られ、必ずしも体系的な人材育成・採用が行われているとは言い難い状況である。
この記事では、ある意思を持って我々が収集した求人データに基づいて、各職種の採用状況や求められる専門性、地域的傾向などを丁寧に分析することで、現在の考古学人材の需要と供給のミスマッチや、高度専門職人材の不足といわれる現場の構造的な課題について検討する。併せて、今後のDX人材育成の方向性や行政・教育機関に求められる制度的対応についても提言を行い、文化財行政・考古学研究の持続的な発展に寄与する一助としたい。
第1章:全体概要
2023年2月から12月までに公表された考古学関連職の公募情報について、全体的な件数の把握と分類、地理的な分布傾向に基づく概要を示す。
まず、公募件数の総数は極めて多岐にわたり、特に地方公共団体における埋蔵文化財関連職の募集が顕著であった。期間中に把握された公募情報の総数は400件を優に超えており、その内訳としては、大学教員・研究機関の専任教員・研究職が約40件、自治体による埋蔵文化財専門職や文化財技師といった行政職が200件以上、学芸員職が150件前後を占めていた。さらに、会計年度任用職員や嘱託・臨時職員、発掘作業員などの非正規雇用に関する公募も相当数確認されており、常勤専門職の枠組みを補完する形で多くの短期雇用が現場を支えている実態が浮かび上がった。
職種ごとの分類では、大学教員・研究職は教授や准教授、講師といった常勤職のほか、任期付き特任職や研究員などがあり、教育研究機関における考古学分野の継続的な研究体制の維持が意識された募集が見られた。一方、地方自治体では「埋蔵文化財専門員」「文化財技師」「文化財担当職員」といった名称の行政職が多く、採用は都道府県および市町村レベルで幅広く行われている。これに加えて、博物館や資料館等における「学芸員」職も一定数確認されており、考古学を専攻とする人材に対して発掘調査、遺物整理、展示、教育普及など多面的な能力が求められていることが示されている。
地理的分布を見ると、全国的に募集が存在する一方で、特に九州・四国・中国地方および北陸・東北の中小自治体において埋蔵文化財専門職の公募が集中している傾向が見られた。これらの地域では、文化財行政における人的資源の確保が慢性的な課題となっており、経験者優遇や即戦力を前提とした募集が多く見られた。また、大都市圏では学芸員職の募集が比較的多く、展示活動や資料管理に特化した職務内容が強調される傾向にあった。大学教員職に関しては、国立大学や私立大学においてまんべんなく公募が行われていたが、特に考古学系人材の育成を教育理念に掲げる大学においては、縄文から近世考古、歴史考古学、応用考古学など専門性に応じたピンポイントな募集が行われていた。
2023年の公募や募集の動向は、地域・職種によってばらつきがありつつも、文化財行政および考古学研究の双方において専門職の確保が継続的な課題となっていることを如実に示していた。次章では、こうした動向をさらに細分化し、職種別に求められる専門性や雇用形態、採用要件などの傾向を詳細に分析する。
第2章:大学教員・研究者公募の動向

2023年2月から12月にかけての大学および研究機関における考古学関連の教員・研究職の公募は、全国の所謂国公立大学ならびに一部の国立機関や独立行政法人において断続的に実施され、研究・教育分野における人材確保の重要性が引き続き強調される一年となった。
公募された職種は、教授、准教授、講師、特任教員、研究員、文化庁等の専門官職に至るまで多岐にわたり、それぞれにおいて求められる専門性もまた多様であった。特に大学においては、日本考古学を基盤としつつも、縄文時代や弥生時代、古墳時代、中世城郭、歴史考古学、さらには文化遺産学、応用考古学、海外考古学(アンデス考古学等)など、個別の時代・地域・研究テーマに特化した専門性が重視される傾向が強かった。また、大学における学芸員課程の運営を担うことを条件とした公募もあり、単に研究・教育能力のみならず、学内カリキュラムや文化財教育に対する貢献も求められている点が特徴的である。
さらに、九州大学、東北大学、早稲田大学、広島大学などの主要大学では、考古学講座や専攻分野における長年その地域や世界的なArchaeologyを牽引してきた大御所や中核的教員の退職や体制の再編に伴い、後任の研究教育者を求める公募が複数行われた。こうした募集では、学術的業績の蓄積だけでなく、外部資金の獲得能力や学会活動への参画、大学院教育の指導経験など、総合的なアカデミック・マネジメント能力が期待されている。
一方で、文化庁や国立文化財機構など、行政系研究機関による研究職の募集も複数確認された。これらは調査官(研究職)や主任研究員といった立場での採用であり、文化財保護政策に直結する研究や、行政施策の基礎となる技術支援、データ分析等の実務能力を兼ね備えた人材が求められている。ここでは、従来型のアカデミズムとはやや異なる実務研究・政策研究の視点が重視されており、実際の文化財行政に参画した経験や、他機関との連携能力が評価対象となるケースも多かった。
以上のように、大学および研究機関における考古学分野の公募は、研究と教育、そして社会的な実務能力の三軸をバランスよく備えた人材像を前提に展開されており、単に「考古学を研究する人材」ではなく、「研究を通じて次世代を育成し、かつ社会的責任を担う人材」への転換が求められている。今後、学問的専門性の深化と同時に、教育制度運営能力や社会貢献的活動が、より一層重視される流れは加速するものと見られる。
第3章:地方自治体の埋蔵文化財専門職の動向
2023年2月から12月の期間における地方公共団体による埋蔵文化財関連専門職の求人は、全国各地の自治体で継続的に行われており、考古学人材の地域分散と埋蔵文化財行政の現場支援に対する切実なニーズが改めて浮き彫りとなった。
この期間における求人は、都道府県・市区町村を問わず広範囲にわたっており、特に九州、中国、四国地方を中心に、文化財担当職、埋蔵文化財技師、文化財専門員、文化財保護主事などの名称での採用が数多く確認された。これらの職種は、発掘調査の現場管理や調査計画の立案、出土遺物の整理や報告書作成、さらには市民向けの普及啓発や文化財保護の啓蒙活動までをも担う、非常に実務的かつ多機能な役割が求められている。
近年の自治体における埋蔵文化財業務は、開発に伴う調査対応のみならず、文化財行政の戦略的推進という観点からも大きく変化しつつある。国の「地域における文化財活用」政策を背景に、調査結果の活用や遺跡の保存と公開を見据えた長期計画の策定、地域資源としての位置づけに基づいた観光・教育資源化への対応が求められるようになってきている。そのため、単なる調査技術の熟達者ではなく、文化財を「活かす」ことのできる企画力・発信力のある人材が歓迎される傾向が強まっている。
また、近年では給与水準が依然低すぎる民間調査会社や大学等での非常勤勤務経験者を対象とした採用試験枠が設けられる自治体も増えており、「実地経験に基づく即戦力」の確保に自治体が注力している様子が窺える。特に、全国的に「掘れる」「報告書が書ける」実践的な発掘調査の中堅人材が不足しているとされる中で、業務の即応性と柔軟性が重視され、長期的に地域文化行政の担い手となり得る人材の確保が急務とされている。
一方で、文化財業務を専門職として扱わず、一般行政職との兼任や配置転換が多く見られる自治体も依然として存在し、専門性を活かしきれない職場環境が問題として残っている。こうした背景から、職務内容の明確化や待遇改善、専門職としての地位の確立といった制度設計上の課題も、今後の埋蔵文化財行政を支えるうえで重要な検討課題となっている。
このように、地方公共団体における埋蔵文化財専門職の求人は、数の面でも広がりを見せながら、業務の高度化と人材への期待の変化を伴って進展している。自治体が抱える地域文化の中核を担う人材として、より高い総合力が求められている現在、その職責は極めて重く、同時に地域社会への影響力もまた大きなものとなっている。
第4章:学芸員職の動向

2023年における博物館・資料館等の施設に関連する学芸員職の公募は、件数・地域分布ともに非常に多岐にわたり、特に地方公共団体の文化政策の一環として位置づけられる動きが顕著となった。考古学・歴史学・民俗学・美術史・自然科学といった各分野を専門とする学芸員の募集が行われており、その中でも考古学を専門とする学芸員の求人は、依然として安定的な需要を持つことが確認できる。
多くの博物館や資料館では、展示企画や教育普及活動にとどまらず、館蔵資料の整理・管理、調査研究、行政文書や文化財の登録・申請業務といった多様な職務が求められており、いわば「文化財を扱う総合職」としての側面を強めている。特に近年では、地域社会との連携を重視したアウトリーチ活動や、学芸員が主体的に地域資源の価値を再発見・再評価し、それを対外的に発信することが求められている。
公募の傾向としては、地方自治体が設置する市立・県立の博物館、資料館での採用が中心であり、募集職種には「一般行政職(学芸員)」や「文化財専門員」「学芸研究職」など、様々な呼称が用いられている。こうした求人においては、学芸員資格の有無や考古学・日本史・美術史など特定分野における大学院レベルでの専門性、また実務経験年数の指定が要件となる場合が多い。
また、会計年度任用職員や臨時的任用職員としての採用枠も数多く見られ、フルタイム・常勤の正規職員と比べて雇用の安定性にはやや欠けるものの、現場経験を積む貴重な機会として注目されている。これら非正規の学芸員職は、特に若手研究者・実務家にとっては専門性を実務に活かす第一歩として、一定の需要と重要性を保っている。
一方で、博物館学芸員職における人材確保には複数の課題も存在する。全国的に館の運営予算が限られるなか、専門性を有する学芸員の処遇や業務環境に改善の余地があること、学芸員の多様な職務に対して専門性の高い人材が十分に補充されていないことなどが指摘されている。また、特定の専門分野に偏った採用が続いた結果、展示・収蔵物との不一致や後継者不在といった問題も一部で顕在化している。
このように、学芸員職は単なる展示解説者ではなく、地域文化資源を研究・発信し、次世代へと橋渡しする重要な存在として、その役割を広げ続けている。その一方で、制度的・財政的な課題にも直面しており、今後の文化政策において、持続可能な人材確保と業務の専門化を両立させるための戦略的アプローチが求められている。
第5章:嘱託・非常勤職員、会計年度任用による短期雇用の状況

2023年の考古学・文化財分野における任期付き職員、非常勤職員、そして公的法人等による短期雇用の公募状況を見ると、全体として非常に多くの求人が確認され、特に会計年度任用職員制度の定着が公募の形態を大きく変化させたことが明らかである。こうした雇用形態は、即戦力を求める現場のニーズに応じて柔軟に人材を確保する手段として活用されており、特に埋蔵文化財の発掘調査や整理作業、資料館・博物館における学芸補助業務など、期間限定での業務需要に対応するものとして位置づけられている。
任期付き職員や非常勤職員の募集は、主に地方公共団体、公益財団法人、地方独立行政法人、さらには大学や国立文化財機構などの研究機関を通じて行われている。募集される職種には、「埋蔵文化財調査補助員」「学芸補助員」「展示企画補助員」「発掘作業員」などの名称が用いられ、それぞれに求められるスキルや経験、資格の条件は大きく異なる。多くの場合、文化財や考古学に関する一定の知識や経験が求められるが、学芸員資格までは必須としない募集も少なくない。
とりわけ注目すべきは、自治体の文化財行政の最前線で働く補助的立場の専門職が、実際には現場の中核的な業務を担っているケースが散見されることである。例えば、調査計画の立案補助や報告書作成、出土遺物の整理やデジタルトレースや実測図の作成など、専門性の高い実務が求められることも多く、非正規職としての待遇との乖離が問題視される場面もある。また、年度ごとに更新が必要な雇用形態が多いため、安定的なキャリア形成が困難であるという指摘も依然根強い。
一方で、こうした任期付き・非常勤の求人は、若手研究者や実務未経験者にとって、実際の文化財行政や博物館運営に関わる貴重な経験を積むための登竜門的な役割も果たしている。大学院を修了したばかりの研究者が、フィールドワーク能力や行政文書作成スキルを実地で鍛える場として活用されることも多く、長期的に見れば地域文化の担い手を育成するための重要なステージとなっている。
加えて、2023年には、会計年度任用職員制度のもとでの求人が前年以上に整備され、地方自治体による募集情報の公開や応募条件の明確化が進んだことも特筆に値する。制度としての成熟に伴い、待遇の明確化や職務記述の標準化が図られつつあるが、全国的に見れば自治体間の格差は依然として大きく、特に待遇や契約更新の透明性には今後さらなる改善が求められる。
総じて言えるのは、任期付き・非常勤職員制度は、文化財関連分野における柔軟な人材供給の仕組みとして不可欠な存在である一方、その基盤を支える制度設計や人材育成のビジョンにおいては、依然として課題が残されているということである。雇用の不安定さや専門性への報酬の不均衡といった問題をいかに是正していくかが、文化財行政の持続可能性に直結する重要な論点である。
第7章:人材像の変化と今後の展望

2023年度に見られた大学教員・研究者、自治体職員、学芸員、会計年度任用職員などの公募情報を通して浮かび上がるのは、従来の考古学者や文化財専門職に求められていたスキルセットが、近年着実に変化しつつあるという点である。これは、考古学や文化財保護の実務が従来の調査・保存を中心とした枠組みから、高度DX技術領域を含む活用・発信・教育との連携へと移行していることと密接に関係している。
まず大学教員については、単に調査研究の実績だけでなく、学内でのカリキュラム設計、学芸員課程への貢献、そして地域社会との連携を積極的に担える人物像が求められている。研究だけの教員が求められるのはもう終わったとも言える。特に、地域貢献型教育やアウトリーチ活動の経験を持つ人材への期待が高まっており、地域における文化資源の価値を教育を通じて次世代に伝える役割が強調されている。また、国内外の共同研究を推進できる高い語学力とコミュニケーション能力やネットワーク構築力も重要な要素となってきている。
自治体の埋蔵文化財担当職員においても、単に発掘・整理作業の実務経験だけでなく、現場と行政との橋渡しをする調整力、報告書作成を通じた記録化能力、そして市民との対話を意識した説明責任を果たせる力が問われている。加えて、3次元計測やGISやデータベース管理、比較的計算資源が低くても可能な簡単なデジタルアーカイブ作業などの考古学DXリテラシーが求められるケースも増えており、考古学の技術的側面におけるスキルの拡張も不可欠となりつつある。
学芸員に関しては、展示・教育普及業務の高度化が進み、多言語対応やデザイン、Webコンテンツの作成など、多様な能力が求められる傾向が顕著である。特に、来館者層の多様化とインバウンド観光の回復を見据えた「伝える力」、さらには地域文化のブランド化と連動した「発信力」が評価対象となるようになっている。これにより、従来の資料収集・調査の専門性に加えて、総合的な文化マネジメント能力が新たな評価軸として浮上している。
今後、考古学や文化財行政における人材像は、より多機能型・対話型の方向に進化していくと考えられる。多職種連携が不可欠な現代社会において、文化財を「守る」「調べる」から「活かす」「つなぐ」存在へと昇華させるためには、分野横断的な視野と柔軟な実践力を備えた人材が重要となる。こうした人材像に応じて、教育機関では従来型の考古学教育に加え、地域連携やデジタル・ミュージアム教育の導入が求められるだろう。
また、若手人材の育成とキャリア形成においても、任期付き職の多さや待遇の不安定さが長年の課題とされてきたが、2023年度の求人状況からもこの構造が依然として継続している。将来的には、文化財関連職が「不安定で流動的」な職種ではなく、「継続的に専門性を深められるキャリアパス」として社会に認知されるよう、国・自治体・教育機関が連携して制度設計を進める必要がある。
これからの考古学・文化財専門職にとって、「専門性」と「応用力」の両立が大きな鍵となる。そのためにも、多様な現場経験を積み、他分野とつながる機会を持つことが、今後の人材像の標準となっていくだろう。
第6章:地域ごとの傾向と課題

2023年度に公募された考古学・文化財関連の求人情報を地域ごとに検討すると、地域間での需要の違いや行政の文化財政策の方向性、また人材配置の課題が浮かび上がってくる。特に、東日本と西日本で異なる傾向が見られ、加えて都市部と地方部でも文化財関連人材の採用と配置における構造的な差異が存在している。
まず西日本、特に関西・中国・九州地方においては、奈良・京都・岡山・福岡など、古代からの歴史的資源を豊富に有する地域を中心に、埋蔵文化財専門職員や学芸員の募集が活発であった。こうした地域では、発掘調査の需要が継続的に存在し、文化財保護行政の実働部隊としての専門人材を恒常的に必要としている。そして、実践的な業務実践を通して業績と専門スキルを獲得した中堅以上の職員は、より高い報酬が獲得可能なポジションへの転職が進んでおり、人材は流動的だ。また、文化財の活用による観光振興と地域づくりが政策的に重視されており、それに伴う文化資源の管理・調査・発信の人材確保が公募の背景にある。
一方、東日本、特に東北地方や北関東の一部自治体では、震災復興事業の一環として進められる再開発に伴い、緊急的に発掘調査を担う文化財専門職員や作業員の募集が顕著であった。特に岩手・福島・宮城では、まだまだ復興インフラ整備に先立つ調査業務の増加がみられ、期限付きの任用や非常勤職員としての求人が目立つ。これにより一時的に人材需要が高まり、全国から人材を集める動きもあったが、こうした人材は長期的に地域に定着せず、持続可能な体制の構築という点では課題を残している。
また、大都市圏では自治体の予算や人事枠に余裕があることから、常勤職員や専門職としての採用が比較的安定しており、学芸員や文化財技師といった職種も広く公募されていた。特に東京・大阪・名古屋といった都市部では、美術館・博物館の整備や展示業務の強化といった文化政策が進められ、それに伴う学芸員の専門性や企画・教育普及への対応力が重視されている。一方で、都市部においても若手人材の流動性が高く、キャリアの途上で他分野に転出する人も少なくない。
地方部、特に人口減少が著しい中山間地域では、文化財行政を担う人材の確保そのものが深刻な課題となっている。限られた人件費枠のなかで複数業務を兼務する体制が常態化しており、例えば文化財担当が観光や生涯学習業務と兼務している例も多くみられた。加えて、地元出身の有資格者が少なく、採用後も継続的な配置が困難なため、任期付き職員でしのいでいる実態がある。これにより、文化財調査や保護の継続性が損なわれる懸念が常に付きまとっている。
地域ごとの人材確保の現状と課題は、文化財行政の持続可能性に直結する。地域の文化資源を守り活かすためには、地域に根差した人材の育成と確保が不可欠である。そのためには、自治体ごとの雇用政策の工夫や待遇改善、さらに国による支援制度の拡充など、制度的な後押しが今後一層求められるだろう。
第8章:政策的課題と改善に向けた提言

ここまで分析を通して観測された大学、自治体、地方公共団体における考古学関連職の公募動向からは、文化財行政と人材育成をめぐる複合的な政策的課題が浮かび上がってくる。文化財をめぐる制度は、法制度や財政基盤、教育制度と密接に連動しており、職種のあり方や人材の流動性は、それらの制度的な枠組みに大きく左右されている。
まず第一に指摘すべきは、自治体における埋蔵文化財担当職員や学芸員のポストが臨時的、任期付き、あるいは会計年度任用職員といった不安定な雇用形態に依存しているという実態である。とりわけ若手の専門人材にとっては、恒常的なキャリアパスの不在が職業選択を躊躇させ、結果として人材の流出や専門性の空洞化を招いている。文化財という公共的資源の保護と継承に携わる職である以上、短期的な契約制度に頼るのではなく、安定的な人材確保と専門性の蓄積を可能とする常勤職の拡充が不可欠である。
次に、文化財行政を担う各自治体の現場では、職員数の不足や業務の過密化が慢性的に起きており、法定業務である記録保存、調査報告書作成、発掘届の受理・指導といった基本的な実務さえも滞るケースが報告されている。また、地域ごとに行政体制の差が大きく、文化財行政が人的・財政的資源に恵まれていない地方では、業務の外注化や民間委託が進む一方で、行政職員としての専門的判断や調整能力が育成されにくいという構造的課題も見られる。
こうした背景を受けて、今後求められる政策的対応としては、第一に「文化財専門職の制度的再評価と待遇改善」が挙げられる。文化財保護法の枠組みにおいて、専門職の位置づけをより明確にし、資格制度や研修制度の整備を通じて、専門職としての認証と育成を国レベルで担保することが望まれる。また、国や都道府県による自治体への技術支援制度を強化し、専門人材の派遣や共同研修の実施を通じて、地域間の人材格差を緩和する取り組みも不可欠である。
第二に、「キャリアパスの多様化と持続可能な人材育成戦略の確立」が挙げられる。大学と自治体、研究機関、博物館等の間で人材育成の連携体制を強化し、大学院教育においても地域文化財行政に関わる実習やインターンシップの機会を拡充することが求められる。特に、文化財を「研究する場」から「実践の現場」として位置づける教育モデルへの転換が重要であり、大学のカリキュラム設計にも柔軟な改革が必要である。
第三に、「文化財の活用と社会還元の観点を含んだ人材評価の仕組み作り」が挙げられる。文化財の保護と同時に、その価値を住民や観光客、学習者と共有するためには、単なる技術職にとどまらないコミュニケーション力や企画力を持つ人材が不可欠である。人材評価や採用においても、こうした多元的な能力を正当に評価できる基準の導入が求められるだろう。
文化財の保護・活用は、単なる行政の一業務ではなく、地域の歴史・文化を次世代に継承する社会的責任である。そのためには、制度・人材・教育が連動した包括的な政策デザインが不可欠である。本報告が、今後の制度設計と現場の実践をつなぐ一助となることを願ってやまない。
おわりに

この記事では、2023年度における考古学関連職の公募情報をもとに、大学教員・研究員、埋蔵文化財専門職員、学芸員といった主要な職種の動向を把握し、その背後にある構造的な課題と今後の展望について考察を行った。公募件数の増加は、表面的には人材の需要が高まっているように見えるものの、雇用の不安定化、恒常的な人員不足、制度的不備といった問題が各層に共通して存在していることが明らかとなった。
特に埋蔵文化財行政の現場では、社会の高齢化や地方財政の逼迫、急速な開発事業の展開などが重なり、実務に即した高度な専門性と柔軟な対応力を備えた人材が強く求められている。にもかかわらず、任期付きや会計年度任用職員といった不安定な雇用形態が主流となっており、若手人材の定着と育成を阻む大きな要因となっている。
また、大学においても専任教員のポストは限られており、多くの若手研究者がポスドク制度や任期制の雇用に依存せざるを得ない状況が続いている。雇い止め問題も未だあり、貴重で優秀な若手教員が流出しがちである。こうした雇用の不安定さは、研究の持続可能性や地域との連携強化にも悪影響を及ぼしており、考古学という学問の社会的意義を支える基盤が揺らぎつつある。
このような現状に対し、今後は文化財を単なる「守るべき遺産」としてだけでなく、「活かすべき地域資源」として捉え直し、保護・研究・活用が一体となった人材育成と制度設計が求められる。そのためには、国・自治体・大学・研究機関がそれぞれの役割を再定義し、横断的かつ協調的な人材政策を進めていく必要がある。
この記事が、考古学分野における職業構造の理解と、それを取り巻く制度や社会の在り方を見直す一助となることを願いつつ、今後も継続的な情報の蓄積と分析、そして現場の声に基づいた政策提言がなされることを期待したい。