デジタル技術の急速な進展にともない、文化財や歴史資料の保存・活用のあり方が大きく変わろうとしています。考古学や埋蔵文化財の分野においても、発掘調査の成果や古文書・遺物の記録をデジタルアーカイブ化し、未来へ継承する取り組みが重要な課題となっています。

本ブログ記事では、近年刊行された注目の書籍7冊を通して、デジタルアーカイブの理論・技術・制度・思想・実践の広がりと深化をわかりやすく紹介します。保存から公開、再利用、そして社会的意味づけに至るまで、デジタルアーカイブがどのように文化資源をつなぎ、活かすのか―その全体像を、分野横断的な視点で読み解きます。記録の未来を担うすべての実務者・研究者に贈る、ブックガイドの決定版です。

デジタルデータの長期保存・活用: その理論と実践

2025年3月、勉誠社から刊行された注目の専門書『デジタルデータの長期保存・活用: その理論と実践』(嘉村哲郎 編集)は、考古学や埋蔵文化財の分野でますます重要視されている「デジタルアーカイブ(DA)」のインフラ構築に真正面から取り組んだ一冊です。データ公開の利便性に注目が集まる中、見落とされがちな“保存の基盤”を理論と実務の両面から丁寧に論じています。

本書の構成は全4部。まず序章では「デジタルアーカイブは消えていく」というインパクトある問題提起がなされ、データが継続的に活用されるための「保存」という視点の欠如が浮き彫りになります。

第1部では、国際的な保存モデルやメタデータの設計(第1章)、実践的な保存手法(第2章)、UNESCOの取組(第3章)といった理論的枠組みが紹介され、「保存」が単なるバックアップではなく、文化資産として未来に継承すべき知的財産であることを再認識させてくれます。

続く第2部では、現場の実務者が登場。図書館や文化財担当部局、企業まで、様々な組織における長期保存の試みが詳細に語られます。特に第6章の「文化財デジタルデータの長期保存と管理」では、埋蔵文化財データのライフサイクル管理という観点から、保存と活用の両立に迫る実例が示されています。

第3部では、研究基盤としてのDAに焦点が移ります。研究データ管理の新潮流や大学・研究機関における実践的な基盤整備が取り上げられ、遺跡調査や発掘成果のオープンサイエンス化に関心のある読者にとって示唆に富む内容となっています。東北大学・東京大学の実践例(第11〜12章)は、将来の文化財保護政策におけるモデルケースとも言えるでしょう。

最終の第4部では、「デジタルアーカイブは誰のものか?」という哲学的な視点に立ち戻り、社会基盤としてのアーカイブのあり方が論じられます。まとめと展望では、物理的保存とデジタル価値の共存が提起され、保存行為そのものの文化的意味が深く掘り下げられています。

💡 用語解説:メタデータとは、ファイルの「情報を説明する情報」。誰が・いつ・どのように作成したかなど、保存や再利用に不可欠な“情報の履歴書”です。

このように本書は、文化財保護、考古学研究、デジタルアーカイブ運用、情報基盤整備という複数の専門領域をブリッジする構成となっており、実務と理論が交差する「現場の教科書」として非常に優れた内容となっています。

デジタルアーカイブ入門 つかう・つくる・支える

考古学・埋蔵文化財・文化財保護に関わる方々にとって、今や避けては通れないテーマとなっているデジタルアーカイブ(DA)。その実態と活用法を、初心者から実務者までわかりやすく解説した最新ガイドが、2025年5月に勉誠社より刊行された『デジタルアーカイブ入門 つかう・つくる・支える』です。

本書は、東京大学大学院の柳与志夫氏と渡邉英徳氏の責任編集のもと、全国から集まった第一線の実務者・研究者によって執筆されており、最新のテクノロジー(AI、GIS、クラウド、RAGなど)と政策・制度・実務の三位一体的な理解を提供します。

構成は「つかう・つくる・支える」の三部で、実際の文化財・遺跡調査や保存業務にそのまま役立つ知見が満載。


  • 第Ⅰ部〈つかう〉では、画像・音声・3Dモデル・ネットワークなど、多様なフォーマットでの活用法を紹介。特に地理空間情報(GIS)やAIによる自動処理など、近年急速に発展する技術と遺跡調査の結びつきが具体的に示されています。また、防災、教育、観光、行政といった分野別の応用事例も充実しており、文化財保護を超えた横断的利用の可能性が広がります。
  • 第Ⅱ部〈つくる〉では、デジタルアーカイブの構築プロセスを完全ガイド。デジタル化対象の選定、著作権処理、メタデータの設計から、UX・UI設計、検索システム、SNS連携、VR展開、さらにはNFTや生成AIといった最先端技術まで、構築・公開に必要なステップが具体的に解説されています。考古資料の公開を視野に入れる担当者には、必読の内容です。
  • 第Ⅲ部〈支える〉では、アーカイブの持続可能な運営体制や管理方針、サーバー・ストレージシステムの構築、長期保存戦略に加え、政策制度、著作権・肖像権・個人情報保護に関する実務知識が豊富に紹介されています。国や地方自治体における文化財情報の公開・連携をどう進めるかに悩む行政担当者にも心強い内容です。

加えて、全章にわたり挿入されたコラムや実例、座談会が臨場感を与え、教科書的でありながら読者の関心を引き続ける編集構成も魅力です。

💡【注目キーワード解説】

  • デジタルアーカイブ(DA):情報資源のデジタル化・保存・提供を一貫して担う仕組み。考古学や文化財研究の記録資源継承に不可欠。
  • RAG(Retrieval-Augmented Generation):生成AIが外部データを参照して文章を生成する技術。アーカイブ検索・要約にも活用が期待される。
  • メタデータ:データそのものを説明するデータ(例:発掘日、遺物の属性など)。保存・検索・活用を可能にする基本要素。

『デジタルアーカイブ入門 つかう・つくる・支える』は、単なる理論紹介にとどまらず、考古学・埋蔵文化財の実務現場に直結する実践知を提供してくれる希少な書籍です。調査記録の保存・公開を考えるすべての文化財関係者、研究者、図書館・博物館職員、自治体・行政担当者にとって、本書はDA構築・活用のための“教科書であり、道具箱でもある”と言えるでしょう。

デジタル技術と遺跡調査・文化財保護をつなぐ次世代の必携書として、今すぐ手に取ってその知見を現場へ活かしてみてください。

アーカイブズ学用語辞典

著:アーカイブズ学用語研究会
¥8,624 (2025/05/10 15:07時点 | Amazon調べ)

遺跡調査や埋蔵文化財の研究・保護において重要な役割を果たすのが、記録や資料の「保存と活用」。その中核を担うのがアーカイブズ学です。2024年7月に柏書房から刊行された『アーカイブズ学用語辞典』は、この分野における初の本格的な用語辞典として、考古学・文化財保護・行政記録管理の最前線で活動する人々にとって、強力なリファレンスとなる一冊です。

本書は、アーカイブズ学用語研究会の編集によって編纂され、総見出し語数1,269語を収録。日本国内の公文書館やアーカイブズ機関、大学などで使われる実務用語・理論用語を網羅し、制度面や技術面、管理運用など多様な観点から「記録」を支える知識を体系化しています。

近年のデジタル技術の進展や、公文書管理制度の整備により、記録管理の専門職=アーキビストへの社会的な期待が高まっています。2009年の「公文書管理法」制定、2020年から始まった公的資格「認証アーキビスト」制度の導入といった法制度の進化により、記録の信頼性・保存性・可用性が社会的課題として広く認知されるようになりました。

本辞典は、そのような背景のもと、「真正な記録(authentic record)」とは何か、どう保存し、活用していくのかといったアーカイブズ学の基本概念を明快に整理・定義しています。文化財保護や遺跡調査の分野においても、資料の記録性や公開・再利用といったアーカイブ的視点はますます重要であり、本書の用語解説は現場での実務にも直結します。


巻末には、用語をカテゴリ別に整理した「項目別主要用語分類」、さらには国内のアーカイブズ機関を一覧できる「主要アーカイブズ機関の概要」といった補助資料も充実。これにより、ただ言葉を調べるだけでなく、体系的にアーカイブズの構造を俯瞰しながら理解を深めることが可能です。

また、辞典形式の特性を活かして、行政・大学・民間の立場を問わず、多様な現場での活用が見込まれます。研究者、図書館員、文化財調査員、自治体の公文書担当者、教育機関の指導者など、記録の保存と再利用を業務とするすべての人にとっての“用語の標準辞典”として、本書は極めて高い実用性を持ちます。

💡【専門用語解説】

  • アーカイブズ(Archives):歴史的・社会的に価値ある記録資料のこと。個人や組織によって生成され、長期保存される。
  • 真正性(Authenticity):記録が改ざんされず、信頼できる状態で保存されていること。文化財記録でも不可欠な概念。
  • アーキビスト(Archivist):記録の選別・保存・公開・管理を専門的に行う職種。今後、博物館・資料館でも活躍が期待される。

『アーカイブズ学用語辞典』は、単なる「用語集」を超えた、アーカイブズ学のエッセンスが凝縮されたリファレンスブックです。考古学や埋蔵文化財といった専門分野においても、「記録を残す・伝える」という行為の信頼性を支える知識として、本書が果たす役割は極めて大きいと言えるでしょう。

アーキビストを目指す方、すでに現場で記録管理に携わる方、そして記録の未来に責任を持つすべての人へ

📚 『アーカイブズ学用語辞典』は、あなたの専門知の礎になります。ぜひ手元に置いておきたい一冊です!

IIIF[トリプルアイエフ]で拓くデジタルアーカイブ コンテンツの可能性を世界につなぐ

監修:一般財団法人人文情報学研究所, 著:大向 一輝, 著:永崎 研宣, 著:西岡 千文, 著:橋本 雄太, 著:吉賀 夏子, 編集:大向 一輝, 編集:永崎 研宣, 編集:西岡 千文, 編集:橋本 雄太, 編集:吉賀 夏子
¥3,300 (2025/05/10 15:11時点 | Amazon調べ)

考古学、埋蔵文化財、文化財保護といった専門領域において、近年注目を集めているのがIIIF(International Image Interoperability Framework)です。2024年7月に文学通信から刊行された『IIIFで拓くデジタルアーカイブ: コンテンツの可能性を世界につなぐ』は、IIIFの基礎から構築方法、活用事例までを体系的に網羅した、日本初の本格的なIIIF解説書です。

「自分たちだけで完結させない」―それがIIIFの核心です。これまで、どんなに優れた遺跡調査成果や文化財デジタル資料があっても、高度な検索・閲覧機能を自前で整備できなければ埋もれてしまうこともありました。しかし、IIIFを活用すれば、他者が付加的に価値を与え、再構成・再活用することができるのです。これは考古学や文化遺産情報の共有・再利用において極めて画期的な仕組みです。


本書は三部構成で、まず第1部ではIIIFの全体像をわかりやすく紹介。技術的背景、支える国際コミュニティ、そしてIIIFが何を可能にしたのかを、永崎研宣氏が丁寧に解説します。また、IIIFの第一人者・大向一輝氏へのインタビューも収録され、実装者視点のリアルな声も味わえます。

第2部では、IIIFに対応したデジタルアーカイブの構築プロセスを詳細に紹介。画像の変換、メタデータ(IIIF manifest)の作成、ビューワ選定、公開手順など、実務レベルで必要な知識が順序立てて整理されています。特に、CORS設定やChange Discovery APIの導入といった技術的ハードルについても、実装経験者のコラムにより現場の解像度で理解可能です。

そして圧巻は第3部の活用事例集。江戸期の佐賀地域資料、仏典画像、マンガ構造メタデータ、さらには中世文書展示や動画アノテーションといった多彩な実例が登場します。これにより、考古資料や埋蔵文化財関連のアーカイブも、IIIFを軸に再構成され、教育・研究・観光における利用へとシームレスにつながる未来が示唆されます。

本書ではさらに、「顔貌コレクション」や「デジタル源氏物語」などを通じたユーザー主導のキュレーション、音声読み上げ・フォーラム機能などを搭載したUXの高度化例、仕様書作りのノウハウまでが開示されており、文化財分野の実務者にとって即戦力の情報が満載です。

💡【重要キーワード解説】

  • IIIF:画像データ等の相互運用性を保証する国際的な技術仕様。異なる組織間の資料共有・再利用を容易にする。
  • IIIF manifest:画像やメタデータを一体化する構造的定義ファイル。アーカイブ間連携の核となる情報設計。
  • Curation Platform:ユーザーが画像を再編・再提示できるシステム。文化財や遺跡資料の「使われる価値」を引き出す鍵。

『IIIFで拓くデジタルアーカイブ』は、文化財・考古学・図書館・博物館におけるデジタルアーカイブの新潮流を捉え、技術・実務・思想の三位一体でIIIFを理解できる唯一の書籍です。これから遺跡調査データや発掘図面、古写真、古文書などを公開・共有しようとするすべての関係者にとって、必携の実践ガイドといえるでしょう。

「あなたの資料が、世界の誰かに新たな価値を生む」

その可能性を広げるために―

📘 今すぐ本書を手に取り、IIIFの世界へ第一歩を踏み出してみませんか?

災害対応と近現代史の交錯: デジタルアーカイブと質的データ分析の活用

災害対応と歴史的社会構造の関係を、デジタルアーカイブと質的データ分析の観点から読み解く注目の書籍が登場しました。2024年4月、共立出版より刊行された佐藤慶一氏による『災害対応と近現代史の交錯: デジタルアーカイブと質的データ分析の活用』は、考古学や埋蔵文化財研究にも通じる「災害と社会変容」への新しいアプローチを提示する意欲作です。

本書の大きな特長は、災害を“単なる出来事”ではなく、「社会と人間の構造や意識の変化を映すレンズ」として扱っている点にあります。文化財保護や遺跡調査に関わる専門家にとっても、災害が文化や記録にどのような影響を及ぼしてきたかを理解することは、現代の記録保存やデジタルアーカイブ構築に直結する知見といえるでしょう。


構成は二部制。第I部では「歴史的災害と社会の構造」を扱い、中世ペスト、ロンドン大火、リスボン地震などの欧州事例から、関東大震災、太平洋戦争、東日本大震災に至るまでの日本の事例までを網羅。災害が単に破壊の象徴ではなく、政治・思想・文化といった社会基盤を揺るがし、再構成を促すトリガーであることが浮き彫りにされます。

第II部では「質的データ分析」による震災の社会的意味の再解釈を実践。日本とアメリカの新聞記事分析、専門家インタビュー、思想や映画の受容分析などを通じて、災害の「語られ方」や「記憶され方」がいかに異なり、また社会的機能としての記録がどのように役割を果たすかが考察されます。

ここで活用されるのが、ハーバード大学「日本災害デジタルアーカイブ」などのオープンアーカイブ。災害記録をただ残すだけでなく、「意味づけ」「再利用」できる形で整備する必要性が強調されており、これはまさに文化財保護や考古資料アーカイブの未来像と重なります。

💡【重要概念解説】

  • 質的データ分析:人の言葉や行動、メディア記述など、数値化できない情報から意味を読み取る分析手法。
  • デジタルアーカイブ:災害記録・文化資料・公的文書などの長期保存と公開を可能にする技術・運用の枠組み。
  • 災害と歴史構造:災害が社会制度・思想・記憶の変革を誘発する現象。考古学・社会学両分野の交点でもある。

『災害対応と近現代史の交錯』は、災害史・近代史・メディア研究を融合させ、現代社会と記録文化の関係性を再定義する挑戦的な書籍です。特に、デジタルアーカイブの実践と思想が統合された構成は、文化財保護、遺跡調査、災害アーカイブの構築に取り組む読者にとって極めて実用的かつ示唆的です。

災害と向き合うとは、記録と向き合うこと。

そして、記録とは未来に語り継ぐ「文化資源」である。

📖 ぜひ本書を通じて、社会と記録、そして災害の交錯点を探ってみてください!

デジタル時代の博物館 

ポストコロナ時代の到来とともに、文化財・遺跡調査・博物館の在り方も大きな転換期を迎えています。とりわけ収蔵資料のデジタルアーカイブ化は、現代の博物館が避けて通れないミッションとなりつつあります。そんななかで注目を集めるのが、2023年11月に花伝社から刊行された木村文氏による『デジタル時代の博物館』です。

本書は、博物館改正法の施行やデジタル化をめぐる現場の課題と可能性を、文化政策研究とフィールドワークの両視点から描いた意欲的なノンフィクションです。日本と異なる博物館制度を持つリトアニアをケーススタディとし、具体的な調査データに基づいて、どのようにして収蔵品が「見える化」「使える化」されていくのかを克明に追跡しています。


構成は三部+付録で構成されており、読み応えと実務的な参考性を兼ね備えています。

  • 第Ⅰ部ではリトアニアの博物館制度とデジタル政策を取り上げ、博物館の歴史や国家レベルでの情報化方針を概観します。制度的背景の解説は、文化財保護やアーカイブ整備に関心のある研究者にとっても貴重な知見です。
  • 第Ⅱ部はアンケート調査編。複数の博物館を対象に、デジタル化の現状、地方自治体立施設の課題、人的・技術的資源の不足、法制度とのギャップなどが定量的に明らかにされ、現場の“見えない困難”を浮き彫りにします。
  • 第Ⅲ部ではインタビュー調査を通して、国立博物館のデジタル化モデルを提示。デジタル化の進行プロセス、組織間の連携、持続可能な体制構築の課題と対応策が、実践に即した語りで展開されます。これらは、考古資料の保存・公開を担う実務者にとっても大いに参考になります。
  • 付録「ミュージアムガイド」「デジタルミュージアムガイド」では、各国の事例や代表的なオンライン博物館を網羅。デジタル展示やリモートアクセスによる文化財活用の最前線を一望できる構成となっています。

💡【注目キーワード解説】

  • デジタルアーカイブ:文化財・博物館資料をデジタル化し、永続的に保存・公開する仕組み。記録の改ざん防止や利便性向上にも貢献。
  • ミュージアム改正法:2022年に日本で施行された博物館法の改正。デジタル化やガバナンス強化が柱。
  • デジタル展示:インターネット上で資料を公開・解説する取り組み。来館困難者や海外利用者との接点を拡大する。

『デジタル時代の博物館』は、単なるデジタル化の実態報告ではありません。そこには「誰が、何のために、どう残すか」という文化資産保存の根幹を問う哲学があります。

遺跡調査成果の保存・公開、埋蔵文化財の利活用、教育・観光・研究連携といった多分野に携わる専門家にとって、今後の戦略を構築するうえで不可欠な参考資料となることは間違いありません。

デジタル時代のアーカイブ系譜学

みすず書房
¥4,620 (2025/05/10 15:22時点 | Amazon調べ)

考古学や埋蔵文化財の世界でも注目される「デジタルアーカイブ」。しかし、私たちが日々用いる「アーカイブ」という言葉が、いかなる歴史をたどり、どのようにして今のかたちに至ったのかを本格的に論じた文献は多くありません。そんな中、2022年12月にみすず書房から刊行された『デジタル時代のアーカイブ系譜学』は、アーカイブ概念の多層的進化と社会的影響を、実証と思想の両面からひも解く貴重な一冊です。

本書の最大の特色は、アーカイブという概念を単なる保存やデータベース構築の技術としてではなく、「社会に作用する文化現象」として扱っている点にあります。柳与志夫氏の監修のもと、加藤諭氏、宮本隆史氏をはじめとする11人の研究者によって執筆されており、文書館・図書館・博物館に関心を持つ人はもちろん、考古学や文化財保護の分野に携わる専門家にとっても極めて実用的かつ思想的刺激に満ちた構成となっています。


書籍は三部構成で、多角的にアーカイブの地層を掘り起こします。

  • 第Ⅰ部ではアーカイブ概念の歴史と技術的基盤、制度的展開が語られます。 加藤氏による「アーカイブの概念史」では1990年代以降の日本社会におけるアーカイブ政策やデジタルアーカイブの政策形成過程を解説。大向一輝氏による「アーカイブの技術史」では、メタデータ、識別子、オープンアクセスなどの技術的課題が考察されます。さらに、嘉村哲郎氏らが文書館・図書館・博物館の連携を通じて現場の実態と限界を共有。
  • 第Ⅱ部では多様な実践現場に焦点が当てられます。 福島幸宏氏による「自治体史とアーカイブ」は、地域の公文書管理や文化資源保護におけるアーカイブの意味を再定義し、地方自治体の歴史的資源がいかに保存・活用されうるかを示唆します。考古学的記録の地域実装という観点からも非常に示唆的です。  また、「祭礼記録」や「ユーチューブ」「オタク文化」といった一見サブカル的な対象を扱った章では、アーカイブの裾野がいかに拡がっているかが実感できます。これは文化財保護と情報化の接点においても重要な問題提起です。
  • 第Ⅲ部ではアーカイブを“メディア”としてとらえる斬新な視点が展開されます。 阿部卓也氏による「複製技術の歴史」では、日本における文書保存技術の進化が明快に解説され、戦前から続く文化財保存・記録技術の流れが可視化されます。  日系カナダ人の記録アーカイブや、被差別コミュニティの実践例を扱った章では、「誰が記録するのか」「記録は誰のものか」というアーカイブの本質的問いが提示され、まさに考古学・遺跡調査と通底する論点に迫ります。

💡【重要概念解説】

  • アーカイブ系譜学:記録保存や情報管理の仕組みがどのように歴史的・社会的に形成されてきたかを探る方法論。
  • メディアとしてのアーカイブ:アーカイブを受け身の保存手段ではなく、「意味生成の場」として捉える考え方。
  • 地域アーカイブ:考古資料や文化財のような地域に根ざした資料を住民とともに記録・保存する実践。

『デジタル時代のアーカイブ系譜学』は、アーカイブ=社会と記憶のインターフェースという視点から、考古学・文化財・記録保存の実務に新たな視野を与えてくれます。文化的記録の意義、保存の倫理、デジタル技術の限界を熟考したい読者にとって、本書はまさに「知的羅針盤」となるでしょう。

🔍 記録と記憶が交差する場所で、文化財の未来を考えるために。

今こそ、『デジタル時代のアーカイブ系譜学』を手に取ってください!

総括:多様化・実践化するデジタルアーカイブの最前線を読む─記録と文化を未来につなぐために

図書館・博物館・研究者必読!デジタルアーカイブを学ぶための本まとめ【2024年版】
図書館・博物館・研究者必読!デジタルアーカイブを学ぶための本まとめ【2024年版】

本ブログ記事では、近年ますます注目を集めるデジタルアーカイブを多角的に捉えた7冊の専門書を取り上げ、個別の視点と実践を通してその広がりと深まりを紹介してきました。考古学や埋蔵文化財、文化財保護、災害記録、博物館実務、情報基盤整備といった多様な文脈を横断しながら、デジタルアーカイブが果たす役割の重要性が再確認される構成となりました。


■ 保存と活用の両立をめざす理論と技術

デジタルデータの長期保存・活用』と『デジタルアーカイブ入門』は、アーカイブの構築・維持・評価に関する理論と実務の両面を詳しく掘り下げた書籍です。国際標準に基づく保存技術、組織運営、オープンサイエンス対応、さらにはAI・GISなどの新技術も取り入れながら、「記録を未来に引き渡す」ことの具体的手段と課題を明示しました。


■ 言葉と制度の共通理解の基盤づくり

アーカイブズ学用語辞典』は、急速に発展するデジタルアーカイブの世界において、共通認識を支える言語と制度の辞書的基盤としての意義を持ちます。実務・政策・学術を横断しながら、記録の真正性、アーキビストの役割、制度的支柱を再認識させる重要なリファレンスとなっています。


■ コンテンツの可能性を拡張する国際的枠組みと実践

IIIFで拓くデジタルアーカイブ』は、コンテンツの「共有・再利用」を可能にする**国際的フレームワーク(IIIF)**の実装事例を通じて、記録の「使われる価値」の創出にフォーカスした一冊です。自治体史や顔貌資料、仏典、マンガ、映像といった多種多様なメディアに対応し、文化財の活用可能性を広げる実装知が結実しています。


■ 災害・社会・歴史の視座から見る記録の意味

災害対応と近現代史の交錯』では、災害と社会構造・記憶との関係性を、質的データ分析とデジタルアーカイブによって分析。災害を文化的・歴史的に語り、記録することの意味を問い直し、資料保存の倫理や方法論に新たな視点を提供しました。


■ 博物館・公共文化機関における情報化の実像

デジタル時代の博物館』は、ポストコロナ期に急加速した博物館資料のデジタル化現場を実証的に捉えた調査報告書です。法制度、ガバナンス、人的リソースといった構造的課題に触れながら、文化財保護と展示・発信の未来像を明快に提示しました。


■ アーカイブの思想的・歴史的系譜へのまなざし

デジタル時代のアーカイブ系譜学』は、「アーカイブとは何か」を思想・制度・技術・文化的実践の交差点から捉え直す意欲作です。保存技術の変遷、サブカルチャーや地域実践の分析などを通じて、アーカイブの多層的進化と社会的影響を体系的に理解する視座を提供します。


締めくくりに:記録は未来と社会をつなぐ文化資源

これら7冊の書籍は、それぞれ異なる切り口から「アーカイブとは何か」を問い、文化財・歴史資料・災害記録などのデジタル化が単なる技術ではなく、人と社会をつなぐ“文化実践”であることを示しています。考古学や埋蔵文化財の分野においても、記録の保存・公開・再活用をどう実現するかが、今後の大きな課題となるでしょう。