2025年4月現在、歌舞伎に関する多彩な書籍が登場しています。初心者から愛好家まで、あらゆる読者の興味に応える最新の歌舞伎関連書籍をご紹介します。特に今年は松竹創業130周年という記念すべき年にあたり、歌舞伎文化への関心が高まっています。
最新刊・定番書籍
『新版 歌舞伎事典』(平凡社)
「歌舞伎のことをもっと深く知りたい」と思ったときに、最初に手に取ってほしいのがこの一冊。『新版 歌舞伎事典』は、歌舞伎の400年にわたる歴史と文化を、最新の研究成果に基づいて体系的にまとめた、まさに決定版とも言える総合事典です。
本書は、2000年刊行の『新訂増補 歌舞伎事典』を全面的に見直し、特に平成期の歌舞伎の動向を反映した「総説」を新たに収録。時代の変化を踏まえたうえで、伝統芸能としての歌舞伎の本質と、その進化の歩みを浮かび上がらせています。
取り上げられているのは、演目、俳優、舞台装置、衣裳、興行の仕組みなど、歌舞伎に関するあらゆるキーワード。読みやすく丁寧な記述ながらも、学問的な裏付けも確かで、初心者から専門家まで、幅広い読者にとって信頼できるリファレンスとなっています。例えば「隈取」や「見得」といった技法はもちろん、「楽屋のしきたり」や「芝居小屋の構造」など、裏方の世界にも深く踏み込んだ内容が充実しています。
さらに巻末には、俳優名鑑や家系図、研究会リスト、参考文献一覧など資料的価値の高い情報も多数収録。豊富な図版(約760点)が、視覚的にも理解を助けてくれます。
『かぶき手帖』2025年版
毎年恒例、歌舞伎ファンのバイブルとも言える『かぶき手帖』の最新版が登場しました。2025年版は全280ページにわたり、歌舞伎の“今”をまるごと収録。推し俳優のプロフィールから、劇場へのアクセス、最新の舞台写真まで、観る・知る・深めるすべての楽しみがこの一冊に凝縮されています。
最大の魅力は、何といっても俳優名鑑。今年も290名の歌舞伎俳優が、最新のプロフィールとともに紹介されており、ファンならずともその人物像にぐっと近づける構成です。掲載されている舞台写真はすべて本人が選んだもの。どの役を選んだのか、そこに込められた思いを想像するのも楽しみのひとつです。
加えて、俳優家系図や劇場案内、座席表といった実用的な情報も充実。兄弟・親戚関係が複雑に絡み合う“梨園”の系譜が一目でわかる家系図や、観劇前に必ずチェックしたい劇場の最寄駅・座席構成など、初めての観劇にも心強いサポートが揃っています。
今回の特集は「暮らしの中の歌舞伎」。日常語として使われている「セリ」「差し金」「幕を切って落とす」など、実は歌舞伎由来の言葉や慣習にスポットを当て、その背景や意味を掘り下げる内容です。歌舞伎がいかに日本文化や日常の言語感覚と結びついているかを改めて実感できる、知的好奇心をくすぐる特集です。
人気の歌舞伎解説書
歌舞伎の101演目 解剖図鑑(イラストで知る見るわかる歌舞伎名場面)
歌舞伎に興味はあるけれど「どこから手をつけたらいいかわからない」——そんな方にぴったりなのが、本書『歌舞伎の101演目 解剖図鑑』です。数ある歌舞伎演目のなかから厳選された101作品を、500点以上の豊富なイラストとわかりやすい解説で紹介。登場人物の関係やストーリーの流れも視覚的に捉えられる構成で、初心者から通まで楽しめる一冊となっています。
巻頭では、隈取の意味や衣裳の象徴性、演目の分類や“歌舞伎十八番”の基礎知識、さらには市川團十郎をはじめとする名優たちの系譜と最新の若手役者まで、現代の歌舞伎界の見取り図も網羅。この「イロハ」セクションを読めば、歌舞伎の世界が一気に身近に感じられることでしょう。
続く演目紹介パートでは、『仮名手本忠臣蔵』や『義経千本桜』などの王道から、怪談、舞踊劇、新作歌舞伎まで幅広くカバー。演目ごとに、物語の要点・人間関係・見どころがぎゅっと詰まっていて、観劇前の予習にもぴったりです。文章とイラストが自然に補い合い、まるで絵巻物を眺めるような気持ちで読み進められます。
また、巻末の用語解説や役者家系図も充実しており、「見得」や「ツケ」「花道」など歌舞伎独特の演出表現も理解しやすく、観劇の楽しみ方がぐっと広がります。
著者は、歌舞伎愛あふれるイラストレーター・辻和子さん。観劇歴豊富な目線と、細部にまで行き届いた観察力が作品全体に息づいており、「読んで楽しい、見て美しい、知って深まる」という三拍子がそろった、まさに“歌舞伎の玉手箱”です。
最新版 歌舞伎の解剖図鑑
歌舞伎を観に行ってみたいけれど、どこから手をつけたらいいか分からない―そんなビギナーの悩みにこたえるように誕生したロングセラー『歌舞伎の解剖図鑑』が、大幅リニューアルを経て最新版として登場しました。戦後から令和に至るまでの名優たちや現代の注目俳優の紹介をはじめ、最新の演目ガイドや歌舞伎用語まで、これ一冊で歌舞伎の「今」と「基本」が丸ごとわかる構成になっています。
内容は、観劇初心者のための「歌舞伎の観方」や、劇場案内、舞台の裏側紹介からスタート。序章では「知らざぁ言って聞かせやしょう」のフレーズでおなじみ、歌舞伎の見どころや魅力をやさしく案内してくれます。第2章では、化粧や髪形、衣裳の意味、演技の特徴、演目のジャンルや構造などを、豊富なイラストと共に細やかに解説。観る側として知っておくとより深く楽しめる“お約束”が丁寧に紹介されています。
また、黒衣やツケ打ち、早変わり、ケレンなど、歌舞伎ならではの用語の意味もわかりやすくまとめられ、読み進めるうちに観劇時の理解力が格段にアップしていることに気づくはずです。
第3章では名跡・屋号・家系図などの“梨園の世界”に迫り、伝統を継ぐ家の芸や個性、名優たちの系譜を紹介。現在注目されている若手俳優や、将来が楽しみな次世代の役者たちまで掲載されており、役者ファンにはたまらないページとなっています。
そして第4章では、「仮名手本忠臣蔵」や「勧進帳」などの王道から、「ワンピース」などのスーパー歌舞伎まで、32の名作演目を選出。あらすじや見どころがシンプルにまとめられているので、観劇前の予習にもぴったりです。
辻和子さんのあたたかなイラストと親しみやすい解説が、堅いイメージのある歌舞伎をぐっと身近な存在に変えてくれる一冊。伝統と革新が同居する舞台芸術・歌舞伎の魅力を、観て、読んで、深く楽しみたい方にぜひおすすめしたいガイドブックです。
マンガでわかる歌舞伎: あらすじ、登場人物のキャラがひと目で理解できる

「歌舞伎に興味はあるけれど、難しそうで踏み出せない……」そんな方にぴったりの入門書がこちら。タイトル通り、マンガで気軽に歌舞伎の世界へと導いてくれる一冊です。
構成は「PART I 歌舞伎を観る前に」と「PART II 50演目を観てみよう」の二部構成。前半では、歌舞伎の基礎知識―舞台の仕組みや演目の種類、見どころ、さらには観劇マナーまでをやさしく解説。まずは歌舞伎を“こわくないもの”にしてくれます。
そして本書の真骨頂は後半に収録された50の代表演目紹介。各演目ごとにマンガと解説がセットになっており、物語のあらすじや登場人物の関係性、名ゼリフや鑑賞ポイントが一目で理解できる構成です。忠臣蔵や勧進帳などの定番から、四谷怪談や夏祭浪花鑑といった人間ドラマ、さらには藤娘や連獅子といった舞踊劇まで、多彩な演目が網羅されていて、観劇前の予習にも、読書としての楽しみとしても満足感のある内容です。
本格的な研究書ではありませんが、監修は歌舞伎研究者の漆澤その子氏。情報の信頼性もしっかりしていて、知識ゼロから始めたい方、子どもや若い世代にも安心してすすめられる一冊です。
歌舞伎がぐっと身近になるこの“マンガ歌舞伎辞典”を手に、次はぜひ劇場へ足を運んでみてください。知らないままではもったいない、日本の伝統芸能の奥深さにきっと出会えるはずです。
歌舞伎役者に関する特集本
坂東玉三郎 すべては舞台の美のために (和樂ムック)
歌舞伎の世界で「美」の体現者として多くの人々を魅了し続ける名女形、坂東玉三郎。その舞台裏に初めて深く分け入り、美しさを生み出す過程と、その哲学を記録した一冊がこのムック本です。
本書は、『和樂』本誌に掲載された特集や連載を集成し、さらに伝統芸能の第一人者や職人、知識人との貴重な対談も多数収録。華やかな舞台の表層を越えた、玉三郎丈の芸に対する徹底した探究心と、舞台芸術に賭ける情熱が余すことなく伝わってきます。
美とは何か。なぜそこまで突き詰めるのか。そういった本質的な問いかけに応えるように、日々の鍛錬と芸に向き合う姿勢が丹念に描かれ、読者は玉三郎という存在の奥行きを感じることができます。
さらに、写真家・篠山紀信による撮り下ろしの舞台写真とプライベートショットも多数収録されており、目でも存分に楽しめる構成。圧倒的な表現力の瞬間を、ページをめくるたびに堪能できます。
ただの舞台役者の記録にとどまらず、舞台芸術に生涯をかけた一人の表現者の生きざまを伝える、珠玉のビジュアル&ドキュメントブック。歌舞伎ファンはもちろん、「美とは何か」に心を寄せるすべての人に届けたい一冊です。
坂東玉三郎の歌舞伎ぬりえ

優雅で艶やかな舞台で観客を魅了し続けてきた坂東玉三郎丈の代表的な役柄13点が、ぬりえとしてよみがえります。しかも、そのすべてにご本人の監修と解説付き。色彩豊かな完成見本とぬりえ用の線画が並んで収められた本書は、アートブックとしてもぬりえブックとしても贅沢な一冊です。
登場するのは、『助六由縁江戸桜』の揚巻、『廓文章』の夕霧、『鷺娘』の鷺の精、『仮名手本忠臣蔵』のお軽、『於染久松色読販』の土手のお六など、玉三郎丈が魂を込めて演じてきた名役の数々。イラストを手がけるのは、有職彩色絵師の林美木子氏。実際に玉三郎丈の舞台衣裳や小道具に携わってきた経験を活かし、きめ細やかで美しい描線で舞台の世界を再現しています。
さらに各ページは切り離せる仕様になっているので、自分で彩色した作品を飾ったり、贈り物にしたりと自由な楽しみ方が可能。巻末には着せ替えができる「玉三郎の紙人形」もついており、浴衣姿のお六に阿古屋や揚巻などの衣裳と鬘を重ねて、まるで舞台の“早替わり”を体験するような遊び心まで詰まっています。
坂東玉三郎の美の世界を、自らの手でなぞり彩っていく。観るだけでなく、触れて、塗って、体験する歌舞伎の新しい楽しみ方を提案する、まさに珠玉のぬりえブックです。
四代目市川左團次 その軌跡
2023年、82歳でこの世を去った四代目市川左團次。その名を聞いて思い浮かぶのは、豪放磊落でありながら繊細な色気を湛えた舞台姿。そして、テレビや映画、雑誌連載など多方面での活躍を通じて、多くの人々に歌舞伎の魅力を伝えてきた俳優でした。
本書は、2014年に電子書籍で発表された自叙伝『いい加減、人生録』を基に、新たに編まれた完全保存版。左團次の生い立ちや歌舞伎役者としての道のり、芸に対する哲学や、粋な人柄がにじむ逸話の数々が綴られています。また、尾上菊五郎や片岡仁左衛門といった盟友たちによる追憶の言葉も収録され、読み進めるうちに彼の人間味豊かな姿が立ち上がってきます。
さらに、カバー写真には写真界の巨匠・篠山紀信による貴重なポートレートを採用。楽屋の秘蔵ショットや舞台写真、詳細な上演歴といったビジュアル資料も充実しており、一冊で市川左團次の“芸と人生”を丸ごと味わうことができます。
名優としての凛とした姿だけでなく、和を重んじ、ユーモアを忘れずに生きた一人の人間としての素顔も感じられる本書は、歌舞伎ファンのみならず、日本の舞台芸術に関心のあるすべての人にとって心に残る一冊となることでしょう。
吉右衛門:「現代」を生きた歌舞伎役者
近年の歌舞伎界において、最も強烈な存在感を放ち続けた役者の一人、四代目中村吉右衛門。その歩みと舞台のひとつひとつを、第一線の演劇評論家・渡辺保が丹念に記録し、芸の真髄を紐解く一冊です。
本書が追いかけるのは、吉右衛門の舞台に刻まれた“意味”です。たとえば『勧進帳』の弁慶に宿る魂の叫び、『仮名手本忠臣蔵』で見せた大星由良助の「二つの本心」、そして『東海道四谷怪談』における民谷伊右衛門の冷酷な狂気―いずれも、吉右衛門が徹底的に掘り下げてきた「人間そのもの」の姿です。
渡辺は、型を身体に刻み込むだけでなく、現代を生きる私たちにも通じる“生”のドラマとして舞台に息吹を与え続けた吉右衛門を、「近代から現代への架け橋」として高く評価しています。いわば、歌舞伎の歴史的転換点をその身で体現した存在として、貴重な証言を残しました。
物語の世界に生きる数々の名役を通して、人間の本質や社会との関係を鮮やかに照らした舞台。そのひとつひとつを、渡辺の目が丁寧に掘り下げます。「細部にこそ神が宿る」―吉右衛門の芸の核心に触れるこの評論集は、単なる舞台回顧録を超え、舞台芸術の在り方そのものを問う読み応えのある作品です。
演劇や歌舞伎に関心のある読者はもちろん、深く人間を見つめる表現者の足跡にふれたい人にとっても、忘れがたい一冊になることでしょう。
初心者におすすめのビジュアル書籍
歌舞伎はじめて案内手帖
「歌舞伎ってなんだか敷居が高そう…」そんなイメージをやさしくくつがえしてくれる、まさに“はじめての一冊”としておすすめのガイドブックがこの本です。監修は十代目松本幸四郎。自身も「歌舞伎役者なのに、この本であらためて歌舞伎のエンタメ性に気づかされた」と語るように、観劇をより楽しく、そして身近に感じられる工夫がぎっしり詰まっています。
内容は、歌舞伎の演目や舞台の見どころといった基本情報だけにとどまりません。チケットの取り方、チラシの読み解き方、当日の持ち物から劇場でのマナー、さらには劇場内のグルメやスイーツ、おしゃれなファッションやお土産選び、周辺エリアのお散歩スポットまで、歌舞伎を中心とした“おでかけ体験”をまるごと楽しめる構成になっています。
多彩な写真やイラストをふんだんに用いて、視覚的にも読みやすく、楽しく、わかりやすいのが魅力。さらに、全国で開催される歌舞伎ゆかりの行事やイベントの紹介もあり、観劇の前後に読み返したくなる情報が満載です。
著者の君野倫子さんは、和の暮らしや着物文化を世界に発信してきた日本文化キュレーター。その感性が活かされたこのガイドブックは、「歌舞伎は小旅行のようなもの」と語るように、読者をエンターテインメントと文化の旅へと誘ってくれます。
これから歌舞伎を観てみたい人も、すでに観劇の経験がある人も、新たな楽しみ方に出会える一冊。“観る前も観てからも楽しい”、五感で味わう歌舞伎入門書として、バッグに一冊忍ばせておきたい本です。
『歌舞伎ギャラリー50』

歌舞伎の物語がもっと身近に、もっと鮮やかに―そんな願いに応えてくれるのが本書です。名作中の名作とされる演目を50本厳選し、登場人物の関係性やストーリーの流れ、見どころの場面などを、圧巻の切り絵イラストとともにわかりやすく解説しています。
文章を手がけるのは、江戸文化や歌舞伎史に精通した田口章子氏。そして、視覚的な魅力を最大限に引き出すのは、切り絵作家・百鬼丸氏。登場人物の特徴を捉えた緻密な造形と、舞台の緊張感や空気感まで伝わってくるような切り絵によって、歌舞伎の世界がまるで手に取るように浮かび上がります。
どの作品も、「読んだら観たくなる、観たらまた読みたくなる」こと請け合い。古典の重厚さを保ちつつ、ビジュアルの力で直感的に楽しめる構成は、初心者から通の観客まで幅広くおすすめできます。物語の背景や演出の工夫、役者の見せ場などを丁寧に押さえているので、初めて歌舞伎に触れる方でも安心して楽しめる一冊です。
演目ガイドとしてはもちろん、アートブックとしても美しく、歌舞伎の奥深さとビジュアルの面白さを同時に堪能できる本書。まさに「観る」前にも「観た」後にも味わいたい、鑑賞ガイドの決定版です。
2025年の歌舞伎トピック
なお、2025年は松竹創業130周年を記念して歌舞伎座で三大名作の一挙上演が決定しています。3月の『仮名手本忠臣蔵』、9月の『菅原伝授手習鑑』、10月の『義経千本桜』という三大名作公演は、30年ぶりの試みであり、歌舞伎ファンには見逃せない機会です。また、《月イチ歌舞伎》2025では、『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』や『源氏物語 六条御息所の巻』などの新作上映も予定されています。
これらの公演を一層楽しむためにも、上記でご紹介した歌舞伎関連書籍で予習をすることをおすすめします。400年の伝統を誇る歌舞伎の世界に、書籍というゲートウェイから足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
まとめ

2025年の歌舞伎関連書籍は、総合事典から俳優の個人的な軌跡、初心者向けのビジュアルガイドまで幅広く出版されています。自分の興味や知識レベルに合わせて、ぜひお気に入りの一冊を見つけてみてください。歌舞伎の魅力をより深く理解するためのガイドとなることでしょう。