歴史情報学は、情報技術の発展に伴って急速に確立されつつある学際的研究分野であり、デジタル技術を活用して歴史資料の保存・分析・解釈に新たな方法論をもたらしています。この記事では、2025年現在における歴史情報学の確立に関する最新の研究動向を包括的に概観し、この分野がどのように発展し、どのような課題に直面しているかを分析します。

歴史情報学の概念と理論的背景

監修:国立歴史民俗博物館, 著:後藤 真, 著:橋本 雄太, 著:山田 太造, 著:中村 覚, 著:北本 朝展, 著:天野 真志, 著:関野 樹, 著:鈴木 卓治, 著:永崎 研宣, 著:大河内 智之, 編集:後藤 真, 編集:橋本 雄太
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歴史情報学は、歴史学と情報学という異なる学問領域の融合によって生まれた、比較的新しい学際的分野です。この分野の特徴は、歴史学の知見と情報学の技術の双方向的な連携にあります。

西村陽子と北本朝展は、歴史情報学における研究の立場を二つに分けています。すなわち:

  1. 情報学の技術を用いて歴史学の研究を行う立場
  2. 歴史学のデータを用いて情報学の研究を行う立場

本質的には前者、すなわち情報技術を活用することで歴史学に新しい方法論を確立しようとする立場が、歴史情報学の中核的なアプローチとされています。この立場では、従来の歴史学の技法や視点に、計算機科学、統計解析、情報可視化、データ構造設計などの情報学的手法を導入することによって、新たな歴史研究の可能性を開拓することが目指されています。

デジタル史料批判:理論的基盤としての意義

歴史情報学の理論的な中核をなすのが、「デジタル史料批判」という概念です。これは、伝統的な歴史学における史料批判(source criticism)の枠組みに、デジタル技術の諸要素を導入することによって、史料の新しい読解や構造化、信頼性評価、相互関連の解析などを行うことを目的とするものです。

史料批判とは

史料批判とは、歴史研究における基本的な技法であり、

  • その史料は信頼に足るのか?
  • いつ、誰が、どのような意図で作成したのか?
  • 史料の内容は他の史料とどのように整合しているか?

といった点を検討しながら、史料の位置づけと解釈の妥当性を判断する手法です。

デジタル史料批判の特徴

デジタル史料批判は、この伝統的技法を拡張・深化させ、以下のような新しい可能性を切り開きます:

複数史料の統合的解釈  デジタル化された史料は、データベースやLinked Open Data(LOD)といった技術により相互に接続・参照可能となり、個別史料のみに依存しない、複数史料間の関連性に基づく総合的な読み解きが可能になります。これにより、史料の細分化と統合という二重のプロセスが高度化します。

非文字資料の分析対象化  映像、音声、地図、写真、器物といった非テキスト系史料も、デジタル処理によって構造化・検索可能な情報資源として扱うことが可能になります。これにより、史料批判の適用範囲が飛躍的に拡大します。

歴史ビッグデータの概念と展開

Historical big data utilizes not only written sources but also visual sources (non-written sources) such as old maps and old photographs.
歴史ビッグデータでは、文字史料だけでなく非文字史料として、古地図や古写真なども活用します。
著:後藤 真, 著:田中 正流, 著:師 茂樹
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近年の歴史情報学において、「歴史ビッグデータ(Historical Big Data)」という概念は、研究の方法論と目的の両面で極めて重要なキーワードとなっています。これは、従来の文献史料中心の読み解きに加えて、過去の膨大な情報を構造化・分析し、機械的に処理・統合することで新たな歴史像を探るための取り組みです。

歴史を「ビッグデータ」として捉えるとは

「ビッグデータ」という語は、これまで主に現代社会のリアルタイムな大量データに対して使われてきましたが、歴史ビッグデータはこれを過去の情報資源に適用する概念です。文書・地図・人口統計・気象記録・新聞・口述資料など、多種多様な史料を機械可読な形で統合・蓄積・分析することで、過去の環境や社会構造の再構成を目指すものです。

この視点の核心には、「歴史の機械可読化(Machine-Readable History)」という課題があります。これは、史料の構造をデータとして定義し、データベース化・メタデータ化・オントロジー化といった情報基盤の整備によって、機械的な処理や再利用を可能にするものです。こうした基盤の構築は、人手では捉えきれなかった大規模な傾向や、見落とされていた相関関係の発見を可能にします。

従来の歴史研究との違いとその意義

これまでの歴史研究は、歴史学者が限られた史料を読み解き、比較し、解釈を積み重ねていく方法論が基本でした。これは深い洞察と熟練した読解力を必要とする一方で、網羅的・統計的な把握や大量データ処理には限界がありました。

そこに**「機械」を導入することによって、歴史研究がどう変わるのか**──それを探ることが、歴史ビッグデータの目標です。自然言語処理、画像解析、ネットワーク分析、時空間解析などの技術が、歴史的資料群に適用されつつあります。

北本朝展教授の見解:「資料の総体」が見せる新たな歴史

国立情報学研究所の北本朝展教授は、インタビュー「歴史ビッグデータで日本を読み解く」の中で、次のように語っています:

「デジタル技術を使わないと分からなかったような、新たな歴史的事実を明らかにすることです。今は基礎となるデータを構築している段階ですが、資料の総体が大規模化することで、初めて見えてくるものがあると思うのです。」

この言葉が示すように、歴史ビッグデータの価値は、個々の史料の精読では到達しえなかった大局的な変動やパターン、ネットワークの構造、時代横断的な知識の再発見にあります。それは、「個別の記録の積み重ね」から「データの総体が語る歴史」へとパラダイムを転換する取り組みといえるでしょう。

歴史ビッグデータが切り拓く未来

歴史ビッグデータの進展により、次のような可能性が拓かれつつあります:

政策形成や地域振興に資する歴史的根拠の可視化

異分野連携による歴史モデルの構築(地理・気候・社会ネットワークとの統合)

市民参加型のデータ構築・活用(クラウドソーシング・パブリックアーカイブ)

教育・博物館・観光などへの応用(インタラクティブな歴史体験の創出)

デジタル・ヒューマニティーズとの関係

Historical Informatics is an academic field that uses digital technology to study history.
歴史情報学(Historical Informatics)とは、デジタル技術を活用して歴史を研究する学問分野です。
編集:中央大学人文科学研究所
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歴史情報学(Historical Informatics)は、情報技術を活用して歴史研究に新しい方法論と視点をもたらす学際的分野として発展していますが、この動向はより広い文脈において、「デジタル・ヒューマニティーズ(Digital Humanities)」という枠組みの中で理解されるべきものです。

デジタル・ヒューマニティーズの源流と展開

中央大学の橋本健広教授によれば、デジタル・ヒューマニティーズの起源は1949年にまで遡ります。イタリアのロベルト・ブーサ神父が、トマス・アクィナスの著作に登場する語彙のコンコーダンス(語句索引)をコンピュータで作成しようと試みたのが、計算機による人文学研究の最初期の試みとされています。

以来、デジタル・ヒューマニティーズは以下のような方向で発展してきました:

  • 文献資料のデジタル化
  • コンコーダンス生成や語句の出現頻度分析
  • 可視化技術を用いたテキストの構造的解析
  • 大規模テキストコーパスを用いた文学的・思想的傾向の把握
  • 機械学習・自然言語処理を通じた意味的・様式的特徴の抽出

このように、デジタル・ヒューマニティーズは「テクストをデータとして扱う」ことを出発点に、テクストへの新たな接近法を創出してきたといえます。

デジタル・ヒストリーと歴史情報学

このDHの中に位置づけられるサブフィールドの一つが、**デジタル・ヒストリー(Digital History)**です。これは、デジタル技術の活用により、新たな歴史学のあり方を模索する試みであり、文献のデジタル化だけでなく、地理情報、統計データ、画像資料、ネットワーク情報などを横断的に扱うことを特徴とします。

デジタル・ヒストリーの特徴:
  • オープンアクセス化と市民参加型の歴史実践
  • Webプラットフォームを通じた歴史の共有と再構築
  • 時空間分析、シミュレーション、インタラクティブ・マッピングなどの応用
  • 人文学の再公共化としての役割(教育・博物館・アーカイブとの接続)

このような動向は、情報学と歴史学を架橋する歴史情報学と本質的に重なり合っており、**「歴史のデジタル化」ではなく、「デジタルから再定義される歴史研究」**という観点が、両者に共通する理論的コアとなっています。

歴史情報学はDHの中核へ

歴史情報学は、テクスト中心だった初期のデジタル・ヒューマニティーズを越えて、以下のようなデータ多様性と複合性に対応しながら発展しています:

  • 非テキスト資料(画像・音声・物質資料)の分析と統合
  • 地理情報(GIS)と時系列データの統合的解析
  • マルチモーダルな可視化とインタラクティブな表現
  • ビッグデータとしての歴史情報資源の構造化・運用

この意味で、歴史情報学は、単なる歴史研究の「道具」ではなく、人文学全体の再編成を導く中核的フィールドとして位置づけられつつあります。

最新の研究事例と動向

行動情報学の確立

2025年の最新動向として注目すべきは、静岡大学情報学部行動情報学科による「行動情報学」という新たな学問の確立です。「行動情報学を専門に研究し、学ぶ世界でも類を見ない組織として、2016年に設立」された同学科は、「設立からの9年間は、第一期生が卒業論文・修士論文・博士論文の執筆を終えるまでの期間(学部4年、大学院5年)に相当」し、「この期間を経て、行動情報学という学問がひとつの完成形に到達した」と評価されています。
2025年4月3日に『行動情報学』というタイトルの教科書が出版され、「行動情報学に関する世界初の入門書」となりました。この本では以下のような問いが扱われています:
• 「情報社会のなかでの人間の行動はどう計測され、制御あるいは管理されていくのだろう?」
• 「行動情報学を定義する情報システム、データサイエンス、マネジメントとは?」
• 「変化する情報社会のなかで目的を持ち続けるためには?」
行動情報学の特徴として、「現代社会において、人間の行動は、人間が意図して記録せずとも、自動的にサイバー空間にデータ化される」というデジタル社会の特性に着目し、「これらの自動的に記録される膨大なデータを情報技術の力を用いて分析することで、人間と機械の関係を理解し、我々が望む方向へ行動を変化させていく」ことを目指しています。また、「人間や情報に関する伝統的な知識と、最近のビッグデータが可能とした自動的な行動データの処理とを統合する分野」として位置づけられています。

歴史データのデジタル化と構造化

歴史情報学の発展において重要な役割を果たしているのが、歴史データのデジタル化と構造化です。「歴史データをコンピュータで分析するには、機械可読性の高い構造化データを作る必要があります。しかし、くずし字で書かれたアナログ資料を構造化データに変換するには、多くの作業が必要になります」。この課題に対応するため、「ワークフローの各段階を構成するツールを構築するだけでなく、それらを相互運用可能なデータ形式またはAPIで接続することで、データ構造化を進めていく」取り組みが行われています。
特に注目すべき成果として、2023年10月に発表された「歴史的地名の『行政区画変遷』を大規模オープンデータ化」するプロジェクトがあります。情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 人文学オープンデータ共同利用センター(ROIS-DS CODH)と株式会社平凡社地図出版は「『日本歴史地名大系』の機械可読データ化に向けた協働を推進し、歴史的地名の『行政区画変遷』に関する大規模オープンデータを公開」しました。『日本歴史地名大系』は「全国の歴史研究者の協力を得て地名研究・地域史研究の全成果を結集し、株式会社平凡社が25年(1979年~2004年)をかけて出版した50巻51冊の地名辞典」であり、「この地名辞典の編集にかつて関わった人々の全面的な協力を得て、地名辞典の内容の更新や位置情報(緯度経度)の追加を進め、データ駆動型研究に適した機械可読データを新たに構築」されました。
また、ROIS-DS CODHは「データ駆動型研究で重要な役割を果たす地名識別子として、現代から江戸時代までの市区町村の変遷を反映した市区町村IDを整備」する取り組みを行っています。これにより「江戸時代の郷帳に記録された藩政村まで遡及できる地名識別子の整備」が可能となり、「大規模歴史地名データベース『れきちめ:日本歴史地名統合データベース』を構築し、歴史地名を活用した各種の歴史データ統合に基づく『歴史ビッグデータ』の研究を推進」しています。

著:服部 英雄
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地理情報システム(GIS)と非文字資料の活用

「歴史GISは、歴史学を地理の観点から扱うために重要な技術」であり、特に「歴史的行政区域データセットβ版」や「国勢調査町丁・字等別境界データセット」、「『日本歴史地名大系』地名項目データセット」など、様々な地理情報データセットが構築・公開されています。
「古地図や古写真などの非文字資料を歴史研究に活用するための方法を確立」し、「非文字資料を歴史資料として活用するための『デジタル史料批判』の方法論」の研究が進んでいます。例えば、「ディジタル・シルクロード」プロジェクトでは、「古地図や古写真などの空間画像史料の信頼性を評価する(史料批判する)には、人間が史料を見比べるだけでは十分でなく、機械の助けを借りて定量的に見比べる必要がある」という新たな方法論が提案されています。

パブリック・ヒストリーの推進

編集:Gregory, Ian N., 編集:Geddes, Alistair, 寄稿:Roberts, Les, 寄稿:Thevenin, Thomas, 寄稿:Hallam, Julia, 寄稿:Beveridge, Andrew, 寄稿:Mostern, Ruth, 寄稿:Southall, Humphrey, 寄稿:Cunningham, Niall A., 寄稿:Schwartz, Robert M., 寄稿:Meeks, Elijah
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「デジタル技術を活用する一つのメリットは、研究の様々なプロセスに市民が参加しやすくなるという点」にあり、「市民がフィールドワークやアンケートなどの調査に参加する、市民がデータを構築したり解析したりする、市民が研究成果について議論したり社会実装したりする、といったプロセスをデジタルプラットフォーム上で展開することにより、研究者と市民がプラットフォームを共有しながら活動を展開することができる」というアプローチが進んでいます。
2024年5月に開催予定の歴史学研究会大会でも「特設部会 パブリックヒストリーをめぐる探究・対話・協働 ー葛飾区立石における歴史実践ー」というセッションが予定されており、「立石らしさの探求」「協働研究の実験―3世代の記憶から紡ぐ、不断のプロセスとしての 「立石」―」「地域伝承と『語り』-『歴史』が創造される過程に関する一考察―」など、市民参加型の歴史研究に関する発表が行われる予定です。

データ構造化と知識表現

古今書院
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「デジタル化した史料から研究に必要な情報を抽出し、機械可読データとして構造化する作業は、デジタル・ヒストリーの最初のプロセスとして重要」であり、特に「日本の史料に対して、くずし字OCRの研究」が進められています。また、「史料に対するアノテーションとして、IIIF Curation Platformの研究や、武鑑全集のためのデータ構造化、あるいはみんなで注釈【安政江戸地震史料】の活用など」の取り組みが行われています。
知識表現については、「歴史は多くの情報のつながりを解釈し、史実を明らかにすることを目指して」おり、「情報のつながりをどう表現するかが重要な課題であり、Linked Dataを基盤とした歴史知識の表現」の研究が進められています。

歴史情報学の社会的意義と今後の展望

監修:国立歴史民俗博物館, 著:後藤 真, 著:橋本 雄太, 著:山田 太造, 著:中村 覚, 著:北本 朝展, 著:天野 真志, 著:関野 樹, 著:鈴木 卓治, 著:永崎 研宣, 著:大河内 智之, 編集:後藤 真, 編集:橋本 雄太
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『歴史情報学の教科書 歴史のデータが世界をひらく』(後藤真編)において示されているように、人文学は社会そのものを深く考察し、社会のあるべき姿を構想する学問であり、そこから得られる知見は、私たちが抱える現代的課題に対する重要な応答となり得る力を持っています。

後藤真は、こうした人文学の成果が社会に還元されず、共有・展開されないままであると、社会的矛盾が放置され、マイノリティの抑圧といった深刻な事態に繋がる可能性があると警鐘を鳴らしています。人文学や社会科学は、人間の尊厳と生命の維持、さらには公正で包摂的な社会の構築を支える根本的な学問であり、単なる過去の記録を扱う学問ではなく、「人間の可能性」に関わる学問としての本質を持っています。

このような視座から導かれるのが、**人文学の可視化を担う学問領域としての「歴史情報学」**の意義です。歴史情報学は、デジタル技術を駆使して膨大な歴史資料を構造化・分析・可視化し、広く社会に情報を共有・発信するための土台を築きます。つまり、人文学の成果を社会とつなぐ「橋渡し」の役割を果たす領域といえます。

今後の展望:歴史情報学の可能性

今後の歴史情報学には、以下のような多層的な展開が期待されます:

「歴史ビッグデータ」によるシームレスな過去・現在分析:大量かつ多様な歴史データのデジタル化・構造化により、現在と過去を断絶させるのではなく、連続性の中で両者を統一的に理解する分析基盤が構築されつつあります。これにより、歴史の知見が単なる記憶や記録ではなく、未来の選択を支える知的リソースとして活用されていくでしょう。

複数の手段を駆使して新たな歴史像に迫る:定量データ・テキスト・画像・空間情報などを統合的に活用し、多角的に歴史を分析・再構成するアプローチが広がっています。これにより、従来の方法では見落とされてきた歴史の側面が浮かび上がる可能性があります。

情報共有のためのプラットフォーム構築:研究成果や資料を分野横断的・国際的に共有するためのオープンデータ基盤やデジタルアーカイブの整備が進められています。これにより、研究コミュニティを超えて、教育現場や地域社会、政策形成などにも活用される知のインフラが形成されていきます。

可視化を通じた社会への深層的コミットメント:可視化された歴史情報は、過去の経験から現在の社会課題を問い直し、将来の社会像を構想するための共有資源となります。たとえば、戦争、災害、移民、差別といったテーマを視覚的・感覚的に伝えることで、歴史の公共性と共感の可能性が拡張されます。

結論

Historical research is already being digitized in many ways.
歴史研究は、すでに多くの点でデジタル化されている。

歴史情報学は、急速に発展するデジタル技術を背景に成立しつつある新たな学際的研究分野であり、従来の歴史研究に革新的な視点と方法論を提供しています。この分野は、情報学・人文学・社会科学など多様な領域の知見を融合しながら、「過去の情報をいかにデジタル的に記述・活用し、未来の社会に活かすか」という根源的な問いに挑んでいます。

多様なアプローチによる方法論の革新

歴史情報学は、以下のような多様な技術的・理論的アプローチを通じて、歴史研究の可能性を大きく広げています:

  • デジタル史料批判:デジタル化された一次史料を対象に、その成立過程・信頼性・構造を吟味し、批判的に扱う技術と理論。
  • 歴史ビッグデータ:大量の史料を統計的・構造的に処理し、時代や地域を超えたパターンや変遷を可視化。
  • 地理情報システム(GIS):空間情報と時間情報を結び付け、歴史的現象を地理的に再構成。
  • 非文字資料の活用:映像・音声・物的資料など、テキスト以外のメディアを対象にした情報処理と分析。
  • パブリック・ヒストリーとの連携:市民と共有可能な歴史像の提示をめざし、教育・展示・メディアへの応用を重視。
  • データの構造化と知識表現:Linked Dataやオントロジーの活用により、異なる情報資源間の連携・再利用を実現。

2025年現在の動向と成果

2025年現在、歴史情報学は着実に成果を積み上げつつあります。たとえば、

  • 『行動情報学』の教科書出版により、歴史研究における人間行動や空間行動のモデリングが体系化されつつあります。
  • 『日本歴史地名大系』のオープンデータ化は、地域史・地名研究のデジタル展開を加速させ、教育・行政・観光といった実社会での利活用を視野に入れた知的基盤の整備として注目されています。

これらの取り組みは、学術的な知見の蓄積にとどまらず、デジタル社会における歴史知の公共性と実用性を高める実践として位置づけられます。

社会への貢献と今後の展望

歴史情報学の確立は、単に歴史学の方法論的革新にとどまらず、次のような広範な社会的意義を持っています:

新たな価値創造の基盤:デジタルアーカイブ、オープンデータ、教育・観光・まちづくりといった分野での歴史情報の活用により、知識の共有と経済的・文化的価値の創出を促進。

過去の膨大な情報資源の利活用:文書、画像、地図などの文化資産をデジタル化・構造化することで、持続可能な形で社会と共有可能にする。

社会課題の解決への貢献:地域資源の活用、災害・戦争・移民の歴史の再検討、マイノリティの可視化などを通じて、現代的課題への批判的・創造的な知的基盤を提供。